静岡県の登録有形文化財
静岡県 · 登録有形文化財
天竜浜名湖鉄道桜木駅本屋及び上りプラットホームは掛川市富部にある昭和10年(1935年)の木造駅舎とホームで、登録有形文化財。二俣線で最も早く開業した三つの駅のひとつで、当初の木製の改札口が今も残る。
天竜浜名湖鉄道瀬戸橋梁は浜松市細江町にある昭和13年(1938年)の鉄筋コンクリート造の鉄道橋で、登録有形文化財。中央の支間23メートルの3径間連続桁で、鉄道省が直轄工事で行った意欲的な試みを伝える。
天竜浜名湖鉄道瀬戸山橋梁は浜松市都田町にある昭和15年(1940年)のコンクリート造3連アーチ橋で、登録有形文化財。山肌が都田川に迫る斜面に、径間4メートルの半円アーチが三つ連なる優美な小さな橋である。
天竜浜名湖鉄道天竜川橋梁は浜松市天竜区で天竜川に架かる昭和15年(1940年)の鉄道橋で、登録有形文化財。橋長403メートルと沿線で最も長く、北側に沿線で唯一のトラス3連、南側に鋼製桁7連を連ねている。
天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅下り上屋及びプラットホームは浜松市天竜区の天竜二俣駅にある昭和15年(1940年)の島式ホームと上屋で、登録有形文化財。上りと同じ形と規模の上屋が並び、古レールを骨組みに使う。
天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅上り上屋及びプラットホームは浜松市天竜区の天竜二俣駅にある昭和15年(1940年)の島式ホームと上屋で、登録有形文化財。柱や梁に1911年製のアメリカのレールなど古レールを転用している。
天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅本屋は浜松市天竜区二俣町にある昭和15年(1940年)の木造駅舎で、登録有形文化財。全線開通に合わせて旧遠江二俣駅として建てられ、深い吹き放ちの軒と船底天井の待合室をもっている。
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅本屋は森町一宮にある昭和15年(1940年)の木造駅舎で、登録有形文化財。二俣線の全線開通に合わせて建てられ、正面の腰付ガラス戸や待合室のベンチが当初のまま残る。小國神社への玄関口である。
天竜浜名湖鉄道富部橋梁は掛川市富部、桜木駅の東約400メートルに架かる昭和10年(1935年)の鉄道橋で、登録有形文化財。家代川の3本の支流が合流する地点を、長さ5.1メートルの短い鋼製桁4連で渡っている。
天竜浜名湖鉄道西気賀駅本屋は浜松市細江町気賀にある昭和13年(1938年)の木造駅舎で、登録有形文化財。赤い洋瓦の寄棟屋根に鉄骨の持送りで支える庇を付け、待合室の木製のベンチと改札口が往時の雰囲気を伝える。
天竜浜名湖鉄道西気賀駅待合所は浜松市細江町気賀の西気賀駅にある昭和13年(1938年)の木造の待合所で、登録有形文化財。下りホームの上に建ち、三方に大きな窓を開け、軒先の梁の先端を曲線に加工している。
天竜浜名湖鉄道原谷駅本屋は掛川市本郷にある昭和10年(1935年)の木造駅舎で、登録有形文化財。二俣線で最も早く開業した三つの駅のひとつで、待合室に太い木材でつくられた改札口と駅務の窓口が残っている。
天竜浜名湖鉄道原野谷川橋梁は掛川市本郷で原野谷川に架かる昭和10年(1935年)の鉄道橋で、登録有形文化財。橋長105メートルで、上路式のプレートガーダー6連を鉄筋コンクリート造の橋脚5基で支えている。
天竜浜名湖鉄道二俣川橋梁は浜松市天竜区二俣町で二俣川に架かる昭和15年(1940年)の鉄道橋で、登録有形文化財。橋長58メートル、両端のコンクリート桁と中央の鋼製桁を組み合わせ、市街地を緩やかに曲がって渡る。
天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅本屋は浜松市三ヶ日町にある昭和11年(1936年)の木造駅舎で、登録有形文化財。新所原〜三ヶ日間の開通に合わせた最初期の駅舎のひとつで、待合室に当初の造り付けの木製ベンチが残る。
天竜浜名湖鉄道宮口駅本屋及び上りプラットホームは浜松市にある昭和15年(1940年)の木造駅舎とホームで、登録有形文化財。背面の屋根がホームの上屋を兼ね、当初の引き分けの板戸が残る。建設当初の構成を全体に留める。
天竜浜名湖鉄道宮口駅待合所及び下りプラットホームは浜松市にある昭和15年(1940年)のホームと待合所で、登録有形文化財。長さ90メートルのホームの中央に、三方に大きな窓を開けた片流れ屋根の小さな待合所が建つ。
天竜浜名湖鉄道都田川橋梁は浜松市都田町で都田川に架かる昭和15年(1940年)の鉄道橋で、登録有形文化財。橋長123メートル、背の高い円柱の橋脚が鋼製桁を支え、水面から線路までは14メートルを超える。
天竜浜名湖鉄道利木隧道は浜松市三ヶ日町から湖西市利木にかけてある昭和11年(1936年)のコンクリート造トンネルで、登録有形文化財。延長663メートルと沿線で最も長く、14か所の退避所と保線用の金具が残る。
東海道名主の館(小池家住宅)は静岡県静岡市清水区由比寺尾に建つ明治時代後期の主屋で、登録有形文化財。江戸時代に代々寺尾村の名主を務めた小池家の家で、西側を土間、東側を田の字型の居室とする。小池邸として保存・公開されている。