静岡県の登録有形文化財
静岡県 · 登録有形文化財
静岡県磐田市福田の寺田家住宅主屋は、別珍とコール天の産地で綿織物工場を営んだ一族が昭和12年に建てた木造二階建の住宅兼事務所。平成25年に登録有形文化財となり、同時登録の隣接倉庫は音楽ホールとして今も使われている。
静岡県袋井市に位置する天竜浜名湖鉄道一宮川橋梁は、昭和10年(1935年)に国鉄二俣線の一部として建設された歴史的鉄道橋です。橋長40メートルの鋼製桁とコンクリート造二連桁からなる構造は、横河橋梁製の鋼材と八幡製鉄所の鉄鋼を使用し、戦前日本の産業技術を今に伝えます。天浜線36件の国登録有形文化財のひとつとして、地域の歴史的景観に寄与しています。
静岡県浜松市天竜区の天竜二俣駅構内にある天竜浜名湖鉄道運転区休憩所は、1940年(昭和15年)の国鉄二俣線全線開通に合わせて建設された木造平屋建の施設です。国の登録有形文化財に登録されており、転車台・扇形車庫とともに昭和初期の鉄道機関区の姿を今に伝えています。
静岡県静岡市清水区由比寺尾にある「東海道名主の館(小池家住宅)」は、江戸時代に寺尾村の名主を代々務めた小池家の母屋。明治期に建てられた木造平屋建の伝統的な民家で、1998年に国の登録有形文化財に登録されました。なまこ壁、潜り戸付きの大戸、田の字形の間取り、大黒柱など、名主の格式と江戸期の面影を今に伝える貴重な建造物です。
静岡県熱海市の東山荘の敷地に佇む、建築面積わずか17㎡の小さな蔵。昭和初期の別荘建築群の一部として2016年に国登録有形文化財に登録された控えめな付属施設ですが、岡田茂吉氏が蒐集した美術品が保管され、後にMOA美術館の礎となるコレクションを育んだ歴史的な場所です。
静岡県熱海市春日町の東山荘正門は、第一銀行頭取の石井健吾が昭和8年に構えた木造の門。総間口3.6メートルの切妻造で、窯変瓦の一文字葺と磨丸太の軸部を備え、南側に潜戸を開く。外観は道路から見ることができる。
静岡県熱海市春日町の東山荘茶室は、山下亀三郎が昭和15年に建てた木造平屋建の接客棟。主室の大炉之間には四畳半切の炉と逆勝手の大炉が切られ、荒い梁組と丸竹詰張の天井が現れる。平成28年に国の登録有形文化財となった。
静岡県熱海市春日町の東山荘離れは、第一銀行頭取の石井健吾が昭和10年頃に建てた木造平屋建の応接棟。15畳の一室に船底天井と網代天井を組み合わせ、多様な樹種の丸太を用いる。平成28年に国の登録有形文化財となった。
静岡県熱海市春日町の東山荘別館は、山下汽船の山下亀三郎が昭和15年に建てた木造平屋建の座敷棟。海側に雁行する座敷と2畳大の残月風の踏込床、四半瓦敷の土縁が残り、平成28年に国の登録有形文化財となった。予約制で見学できる。
静岡県熱海市春日町に建つ東山荘本館は、第一銀行頭取・石井健吾が昭和8年に建てた木造2階建の別荘。相模湾へ開く大ガラス窓と細い木柄の数寄屋意匠が見どころで、平成28年に国の登録有形文化財となり、予約制で公開されている。
静岡県熱海市春日町の東山荘物置は、石井健吾の別荘に昭和8年に建てられた付属屋。建築面積17平方メートルで、1階は斜面を利用した半地下の土間、2階は畳敷きの居室とし、扉には蝙蝠文の彫刻が残る。平成28年に国の登録有形文化財となった。
静岡市葵区平和一丁目の古橋家住宅門及び塀は、静岡浅間神社の北西に建つ昭和3年頃の鉄筋コンクリート造。令和6年8月、主屋とは別件で登録有形文化財となった。釉薬瓦を葺いた塀は総延長三十四メートルに及び、通りから全体を見渡せる。
静岡市葵区両替町の遍界山不去来庵本堂は、呉服商と両替商を営んだ渡邉家が阿弥陀如来坐像を祀るため建てた持仏堂。大正4年竣工の土蔵造で、森田鶴堂の漆喰鏝絵による金剛力士像を扉に据え、平成12年に登録有形文化財となった。
東海道新居宿の飯田家本陣にあった明治天皇の行在所を、明治18年に方広寺へ移築した書院建築である。寄棟造妻入で、南に24畳の次の間、北に上段の間を配する。令和元年に国の登録有形文化財となった。
本堂南東の参道に南面して建つ、入母屋造・本瓦葺の三間一戸二重門である。下層は出組、上層は尾垂木付二手先の精緻な組物が大本山の格式を示す。昭和28年の建立で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
本堂東面に接続する知客(役僧)の詰所である。本堂・大庫裡と一列に並び、両者をつなぐ渡り廊下を内包して境内中枢の景観を構成する。大正4年頃の建築で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
覆屋内の流造・七尊菩薩堂に東面する礼拝の前殿である。縦板張・竿縁天井の簡素な内部が神前に静けさをつくる。奥の七尊菩薩堂本体は別に重要文化財で、この拝殿は令和元年に国の登録有形文化財となった。
臨済宗方広寺派の宗務総長が執務する、切妻造・桟瓦葺の平屋建である。渡廊下で大庫裡に接続し、知客寮とともに大本山の寺務空間を構成する。明治中期の建築で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
開山堂北面に接続し、開祖無文元選をまつる宝形造・銅板葺の小堂である。尾垂木付二手先の詰組や虹梁の絵様彫刻など上質な意匠をもつ。明治中期の建築で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
本堂前広場の東に建つ方一間・袴腰付の鐘楼である。玉石積の基壇の上に据わり、吹き放しの上層に廻した縁を二手先の腰組が支える。大正11年頃の建築で、令和元年に国の登録有形文化財となった。