静岡県の登録有形文化財
静岡県 · 登録有形文化財
静岡県藤枝市のつたの細道公園に立つ、大正元年頃の石造空積砂防堰堤。明治43年の豪雨を機に築かれた堰堤群の最下流に位置し、反り返る立面から「兜堰堤」と呼ばれる。露出堤長14メートル、無料で見学できる。
静岡県藤枝市つたの細道公園の上流部に立つ大正元年頃の砂防堰堤。堤長15メートルの小規模な石造で、川床を固める床固工として働く。明治44年に内務省が指定し、県が国庫補助で整備した砂防事業の一片。無料で見学できる。
静岡県藤枝市つたの細道公園の渓流沿いに立つ大正元年頃の砂防堰堤。巨石の空積みという古い工法に台形越流部を加えた、砂防技術発達史上の過渡期的な構造物で、堤長18メートルと群中最大級。無料で見学できる。
静岡県磐田市見付にある日蓮宗由緒寺院・玄妙寺の境内に建つ経蔵は、昭和9年(1934年)に建造された鉄筋コンクリート造の経典保管庫です。人造石洗出しの外壁に柱形や軒蛇腹を表した石造風の意匠が特徴で、耐火性を重視した戦前のコンクリート造経蔵の好例として平成26年に国の登録有形文化財に登録されました。
静岡県磐田市の東海道見付宿に佇む、味噌醤油醸造元・鶴屋本店の隠居部屋。大正12年(1923年)築の木造二階建てで、平書院の下地窓など瀟洒な意匠を備えた近代和風住宅です。令和6年に国の登録有形文化財に登録。隣接する三階建て文庫蔵とともに、歴史ある宿場町の景観を今に伝えています。
静岡県磐田市見付の旧東海道沿いに建つ匂阪家住宅(鶴屋本店)文庫蔵は、大正6年(1917年)築の土蔵造三階建の文庫蔵です。味噌醤油醸造業を営んだ匂阪家の貴重品保管庫として建てられ、伊豆石の布積基礎、白漆喰塗の外壁、掛子塗の防火扉など、優れた伝統建築技法を今に伝えています。令和6年に国登録有形文化財に登録されました。
静岡県静岡市清水区にある清水港テルファーは、昭和3年(1928年)に建設された木材積込用の大型鉄骨クレーン。日本国内で唯一現存するテルファー式港湾荷役機械で、国の登録有形文化財・機械遺産として清水マリンパークに保存。富士山を背景に港湾近代化の歴史を伝えます。
静岡県浜松市中央区天王町に佇む竹山家住宅主屋は、昭和12年(1937年)に竹山謙三郎の設計で建てられた木造2階建ての登録有形文化財です。錣葺風の屋根や押縁下見板張の外壁、銘木を配した洗練された内部空間など、抑制のきいた端正なつくりが高く評価されています。
静岡市駿河区丸子に佇む丁子屋店舗は、慶長元年(1596年)創業の老舗茶店で、歌川広重の「東海道五拾三次」に描かれたことでも知られています。2022年に国登録有形文化財に登録された茅葺屋根の建物は、12代目当主が広重の浮世絵の風景を再現するため江戸初期の古民家を移築したもの。400年以上変わらぬとろろ汁の味とともに、東海道の宿場文化を今に伝えています。
静岡県藤枝市の志太温泉に佇む潮生館香梅荘は、昭和8年築の国登録有形文化財。薄紅色漆喰壁に梅花模様を配した意匠が美しい離れ座敷をご紹介します。
静岡県藤枝市の志太温泉に佇む潮生館本館は、明治22年創業の歴史ある温泉旅館です。昭和14年に改築された木造2階建の本館は、曲木・変木を用いた風趣豊かな意匠が評価され、国の登録有形文化財に登録されています。
静岡県磐田市掛塚に建つ靏谷家住宅主屋は、明治17年(1884年)頃に建てられた木造2階建ての店舗兼用住宅です。天竜川河口の港町として「遠州の小江戸」と呼ばれた掛塚の町並みを今に伝える貴重な登録有形文化財で、出格子や出桁造の軒など明治前期の商家建築の特徴をよく残しています。
静岡県袋井市に位置する天竜浜名湖鉄道一宮川橋梁は、昭和10年(1935年)に国鉄二俣線の一部として建設された歴史的鉄道橋です。橋長40メートルの鋼製桁とコンクリート造二連桁からなる構造は、横河橋梁製の鋼材と八幡製鉄所の鉄鋼を使用し、戦前日本の産業技術を今に伝えます。天浜線36件の国登録有形文化財のひとつとして、地域の歴史的景観に寄与しています。
静岡県浜松市天竜区の天竜二俣駅構内にある天竜浜名湖鉄道運転区休憩所は、1940年(昭和15年)の国鉄二俣線全線開通に合わせて建設された木造平屋建の施設です。国の登録有形文化財に登録されており、転車台・扇形車庫とともに昭和初期の鉄道機関区の姿を今に伝えています。
静岡県静岡市清水区由比寺尾にある「東海道名主の館(小池家住宅)」は、江戸時代に寺尾村の名主を代々務めた小池家の母屋。明治期に建てられた木造平屋建の伝統的な民家で、1998年に国の登録有形文化財に登録されました。なまこ壁、潜り戸付きの大戸、田の字形の間取り、大黒柱など、名主の格式と江戸期の面影を今に伝える貴重な建造物です。
静岡県熱海市の東山荘の敷地に佇む、建築面積わずか17㎡の小さな蔵。昭和初期の別荘建築群の一部として2016年に国登録有形文化財に登録された控えめな付属施設ですが、岡田茂吉氏が蒐集した美術品が保管され、後にMOA美術館の礎となるコレクションを育んだ歴史的な場所です。
東海道新居宿の飯田家本陣にあった明治天皇の行在所を、明治18年に方広寺へ移築した書院建築である。寄棟造妻入で、南に24畳の次の間、北に上段の間を配する。令和元年に国の登録有形文化財となった。
本堂南東の参道に南面して建つ、入母屋造・本瓦葺の三間一戸二重門である。下層は出組、上層は尾垂木付二手先の精緻な組物が大本山の格式を示す。昭和28年の建立で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
本堂東面に接続する知客(役僧)の詰所である。本堂・大庫裡と一列に並び、両者をつなぐ渡り廊下を内包して境内中枢の景観を構成する。大正4年頃の建築で、令和元年に国の登録有形文化財となった。
覆屋内の流造・七尊菩薩堂に東面する礼拝の前殿である。縦板張・竿縁天井の簡素な内部が神前に静けさをつくる。奥の七尊菩薩堂本体は別に重要文化財で、この拝殿は令和元年に国の登録有形文化財となった。