鐘を吊る楼門、大山寺鐘楼門

大山寺鐘楼門は、徳島県板野郡上板町神宅の大山寺にある江戸時代末期(1830〜1868年)の2階建ての門で、昭和60年(1985年)に改修され、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に登録された(登録番号36-0097)。

鐘楼門は、下を門とし、上の階に梵鐘を吊って鐘楼を兼ねる形式の門である。大山寺鐘楼門は本堂の前方、本堂から石段を下りた一段低い位置に立ち、境内のほかの建物と同じく東を正面にする。参拝者はこの門をくぐり、石段を上って本堂の前に出る。

形式は入母屋造の三間一戸の楼門で、正面の柱間が3つ、そのうち中央の1間を通路とする。屋根は銅板葺、建築面積は22平方メートルで、登録4棟のなかではもっとも小さいが、2階建てで高さがある。

大山寺鐘楼門が登録された理由

大山寺鐘楼門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説はこの門を「大柄で落ち着きのある鐘楼門」と結んでいる。

建築面積だけ見れば小さな建物だが、楼門は上下2層に重なるため、石段の下から見上げたときの量感は大きい。本堂へ向かう道の途中に立ち、ここから先が本堂の前であることを示す節目になっている。

江戸末期に建てられたのち、昭和60年(1985年)に改修を受けた。同じ年には本堂と大師堂も改修されている。

大山寺鐘楼門の下層と上層

下層は、正面に虹梁を架け渡し、途中の柱(間柱)を省いている。虹梁は中央がわずかに反り上がった梁で、柱を減らした分、正面が広く開いた構えになる。

上層は印象が変わる。柱は円柱で、組物は出三斗、軒は垂木を2段に重ねる二軒で、隅に向かって扇の骨のように放射状に広がる扇垂木とする。四周には細い縦の材を並べた連子を立て、壁でふさがずに開放的に仕立てている。鐘の音を外へ通す鐘楼らしい扱いである。

上層のまわりには縁を張り、擬宝珠を頂いた高欄をめぐらせる。下から見上げると、高欄の擬宝珠と扇垂木の軒が重なって、上層がひとまわり華やかに見える。

大山寺鐘楼門の見学

大山寺鐘楼門は通路として使われている門で、くぐって本堂への石段へ進める。全体の姿を見るなら、門の東側、石段の下から見上げるとよい。下層の虹梁と、その上に張り出す上層の縁と高欄が一度に視野に入る。

上層に上がることや鐘をつくことについて、寺の案内は見当たらない。門は参拝の通り道なので、立ち止まって見るときは石段や通路をふさがないようにしたい。

Q&A

Q大山寺鐘楼門はいつ建てられたのですか?
A文化庁は江戸時代末期(1830〜1868年)の建築としています。昭和60年(1985年)に改修されています。
Q大山寺鐘楼門とはどんな建物ですか?
A下を門、上の階を鐘楼とする2階建ての楼門です。入母屋造・銅板葺の三間一戸の門で、建築面積は22平方メートルです。
Q大山寺鐘楼門は境内のどこにありますか?
A本堂の前方、本堂から石段を下りた位置に東向きに立っています。門をくぐって石段を上ると本堂の前に出ます。
Q大山寺鐘楼門はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として平成23年(2011年)1月26日に登録されました。文化庁は大柄で落ち着きのある鐘楼門と評しています。
Q大山寺鐘楼門の建築上の見どころは?
A下層は正面に虹梁を架けて間柱を省き、上層は円柱に出三斗、二軒の扇垂木とし、連子をめぐらせて開放的にしています。上層の縁には擬宝珠付きの高欄が付きます。

基本情報

名称大山寺鐘楼門(たいさんじしょうろうもん)
所在地徳島県板野郡上板町神宅字大山4
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号36-0097
指定年平成23年(2011年)1月26日登録
員数1棟
寸法木造2階建、銅板葺、建築面積22平方メートル
所有者宗教法人大山寺
公開状況通行・外観の見学可(上層の公開は寺の案内なし)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):大山寺鐘楼門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008594
文化遺産オンライン:大山寺鐘楼門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/218730

最終更新日: 2026.09.29