鳥取県・昭和
Shōwa鳥取県 の昭和時代(1926 – 1989)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大樹寺開山堂は、鳥取県八頭郡八頭町福地の大樹寺の本堂背後に渡廊でつながる昭和26年築の木造平屋建ての開山堂で、令和6年に登録有形文化財となった。歴代住職の位牌を安置する建物である。
大樹寺鐘楼は、鳥取県八頭郡八頭町福地の大樹寺にある昭和29年築の木造の鐘楼で、令和6年に登録有形文化財となった。戦時中に供出した梵鐘の再鋳を記念して建てられ、春にはウラクツバキと景観をつくる。
大樹寺僧堂は、鳥取県八頭郡八頭町福地の大樹寺にある昭和30年築の木造平屋建ての僧堂で、令和6年に登録有形文化財となった。往時は中国地方唯一の専門僧堂だったという由緒を伝える大型の僧堂である。
大山寺鐘楼は鳥取県大山町大山の大山寺の本堂の西に建つ昭和25年(1950年)の鐘楼で、登録有形文化財。一間四方の切妻造・銅板葺で、柱を内側へ傾けて立て、十字に組んだ絵様肘木で桁を受ける。中世の様式を基調としつつ近代的な特徴を備える。
大山寺本堂は鳥取県大山町大山の大山寺にある昭和26年(1951年)の本堂で、登録有形文化財。昭和3年の焼失のあと再建された宝形造・銅板葺の堂で、正面に唐破風を設ける。中世寺院の構成を受け継ぎつつ近代的な要素を加えた好例である。
鳥取市元大工町の高砂屋蔵二は、屋敷裏の3棟のうち中央に建つ昭和初期の土蔵。両脇の妻入の蔵に対して平入をとり、景観に変化を与える点が評価され、平成19年に国の登録有形文化財となった。外観は庭から自由に見られる。
鳥取市元大工町の高砂屋脇門は、主屋東側で通りと庭を仕切る昭和初期の腕木門。屋根を左右に延ばして土塀のように見せ、主屋と同じ瓦で外観を統一し、平成19年に登録有形文化財となった。外観は通りから見られる。
智頭消防団本町分団屯所は鳥取県智頭町の智頭街道に面して建つ昭和16年(1941年)の消防屯所で、登録有形文化財。下見板張り・切妻造の洋館で、屋根に火の見櫓をのせ、正面の梯子段が破風を貫いて櫓に至る。地区のランドマークとして親しまれる。
智頭町立山形小学校校舎は鳥取県智頭町郷原の北股川の右岸にある昭和17年(1942年)の木造校舎で、登録有形文化財。桁行81メートルの長大な2階建で、外装を下見板張りとし、西面の全長に窓を連ねて水平性を強調する。山間部に良好に残る木造校舎。
東光園本館は鳥取県米子市の皆生温泉に建つ昭和39年(1964年)のホテルで、登録有形文化財。菊竹清訓の設計で、6本の主柱が7階を支え、そこから5・6階の客室を吊る構造をもつメタボリズム建築の集大成とされる。
長田神社祈祷殿は神門前に社務所と並ぶ昭和34年の社殿で、8件中最新かつ最大の46平方m。切妻造妻入で正面に唐破風状の向拝を張り出す。平成19年の社務所建替えで大正13年造の旧社務所の玄関を移したものだという。
長田神社神門は境内正面の参道に西面して建つ昭和10年の薬医門。間口3.3mで扉を設けず、本柱を丸柱とする独特の構成をとる。太い総檜の軸部に軒の出の大きな屋根をかけた簡潔で豪放な表門で、上田喜太郎の奉納。
長田神社透塀は本殿の四周を囲む延長41mの木造銅板葺の塀で、文化庁は昭和7年、神社は昭和6年の竣工とする。三段の切石積の基壇に立ち、腰上を断面菱形の板連子とした檜の精巧なつくりで、大村久兵衛の奉納と伝わる。
長田神社手水舎は神門前で祈祷殿と向かい合う昭和4年の手水舎で、登録8件で唯一の瓦葺き。四方吹放しの切妻造で、几帳面取りの角柱を虹梁で固め蟇股で軒を受ける。中の手水鉢は安永7年に上町の旧社地で据えられた。
三朝橋は三朝温泉街を貫く三徳川に架かる昭和9年竣工の鉄筋コンクリート七連桁橋。橋長69メートル。円柱と貫、肘木で組む橋脚、擬宝珠高欄、春日燈籠と、木橋の意匠を写す。平成17年に国の登録有形文化財となった。
向山神社拝殿及び覆殿は、鳥取県智頭町の板井原集落にある昭和前期の建築。組物も装飾もない切妻造妻入の拝殿と、吹放しで棟を直交させる覆殿が一棟をなす。国土の歴史的景観への寄与を理由に平成18年に登録された。
矢田貝家住宅茶室は伯耆町上細見の矢田貝家住宅の露地に建つ観楓庵。伊藤家から買い取った茶室を1938年に建て直したもので、半間幅の水屋を挟み2畳と4畳半の席を並べる。松江の観月庵の写しとされる。2011年登録。
矢田貝家住宅腰掛待合は伯耆町上細見の矢田貝家住宅の露地に建つ昭和前期の待合。桁行2.5mの本屋に腰掛と雪隠を収め、皮付丸太の柱や丸太の垂木を見せる。当主の日記では昭和14年(1939年)完成。2011年登録。
矢田貝家住宅中門は伯耆町上細見の矢田貝家住宅で主庭と露地を区切る昭和前期の腕木門。間口1.2m、起りのある銅板葺の屋根に丸太垂木、網代の扉。当主の日記では1937年によそから運び込まれた。2011年登録。
矢田貝家住宅離れは伯耆町上細見の矢田貝家住宅で主屋の南に接続する昭和前期の離れ。当主の居間兼書斎だった6畳のオクナンドと、縁側から入る4畳半台目の茶室を中廊下でつなぐ。茶室は1933年までに完成。2011年登録。