元禄10年に建った、新城・裏野の曹洞宗本堂
永住寺本堂は、愛知県新城市字裏野にある曹洞宗寺院の本堂で、元禄10年(1697年)の建立、令和元年(2019年)12月5日に登録有形文化財(建造物)に登録された。
境内のほぼ中央に南面して建つ。木造平屋建、入母屋造、桟瓦葺で、桁行6間(16.57メートル)、梁間7間(14.29メートル)、建築面積は298平方メートルある。屋根は大きいが軒は低く、前庭から見上げても構えは静かだ。外観に見どころを求めて訪れると、拍子抜けするかもしれない。この建物の面白さは中と、床下の高さにある。
瓦葺になったのは建立から20年後である。登録申請にあたって作成された調査所見は、享保2年(1717年)に杮葺から桟瓦葺へ改められたと記す。なお慶長11年(1606年)には新城城主の水野分長が本堂を再建しており、現在の永住寺本堂はそれを17世紀末に建て替えたものにあたる。寺自体は永正10年(1513年)の創建、天正2年(1574年)に現在地の裏野へ移ったと伝えられる。
なぜ登録されたのか
永住寺本堂の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。同じ日に、開山堂及び位牌堂、庫裡及び書院、禅堂、衆寮、経蔵の5棟も登録された。さらに令和5年(2023年)2月27日に鎮守殿と山門が加わり、境内の登録建造物は8棟になっている。
評価の中心にあるのは、伽藍が欠けずに残っていることだ。江戸時代の曹洞宗では、地方寺院にも九旬安居の制が及び、常恒会地などの格式をもつ寺は結制を行うことが定められていた。そのためには本堂、庫裡、禅堂、衆寮、山門といった建物を一式そろえておく必要がある。愛知県には曹洞宗の末寺が1000カ寺以上あり、全国でも群を抜いて多い。それでいて、これらを一体として保っている寺は多くない。
永住寺の伽藍配置は、教科書どおりではない。曹洞宗の中核寺院では前庭を廻廊がロの字に囲むのが一般的だが、ここには東西の廻廊がない。その役割を担っていたのが建物内部を貫く通路土間で、永住寺本堂はその痕跡をもっとも明瞭に残す一棟である。
堂内で見るべきところ
平面の読み方は単純だ。前2列・横3列の6室に、前面の広縁が付く。後列中央の間が内陣で、残りはその周囲に配される。
まず柱を見てほしい。内陣の前面に2本、その奥に2本、あわせて4本だけが丸柱である。奥の2本が来迎柱で、須弥壇の上を受ける。ほかの柱はすべて総面取角柱だ。装飾の少ない堂内で、この丸と角の対比が儀礼の中心を示している。説明を読む前に、柱を数えれば位置がわかる。
前列中央の間は間口3間半、奥行3間の21畳で、行事の中心となる空間である。両隣はこれより小さく、東の間が15畳、西の間が12畳。調査所見によれば、行事の際には東に優婆塞(信士)、西に優婆夷(信女)が控えたという。後列の東の間は12畳半、西の間は10畳で、いずれも棹縁天井を張るだけの簡素なつくりとする。
手が込んでいるのは内陣まわりだけである。前面の柱間3間には虹梁を3スパン渡し、上に彫刻欄間を入れ、頭貫と台輪を通して三ツ斗を置く。奥は格天井とし、来迎柱の間に禅宗様の須弥壇を設け、その上部に火頭形の開口を開いて仏龕をつくり、本尊の釈迦如来を祀る。
探す価値があるのは、前面広縁の足元だ。いまは畳敷だが、手前の1間はかつて土間だった。露地と呼ばれるこの通路が堂を東西に貫き、東の庫裡と西の禅堂・衆寮をつないでいた。証拠は木部に残っている。堂両側面の前端柱間と正面入口の柱間には、旧床面から6尺(約1.8メートル)ほどの高さに差鴨居が取り付いていた痕跡がある。西側の幅1間半の広縁も後補で、1間半内側の柱列の外面に風蝕が認められることから、そこがかつて外壁だったとわかる。正面と西側の鴨居には3本溝が残り、当初は各柱間に板戸2枚と障子1枚が入っていた。
永住寺本堂の見学方法
永住寺は檀家寺であって拝観施設ではない。調べた範囲では拝観時間も拝観料も設定されていない。境内へは日中自由に入れ、前庭から永住寺本堂の正面まで近づくのに手続きはいらない。ただし堂内は別で、事前の連絡が必要になる。葬儀や法要で日常的に使われている建物であり、行事と重なれば見学はできない。
JR飯田線の新城駅から北東へ徒歩10分ほど、距離にして約600メートル。静かな住宅地を抜ける道である。車なら新東名高速道路の新城インターチェンジから10分ほど。問い合わせ先は新城市教育部歴史文化課(電話0536-23-7610)。
撮影は、外観と境内については法要の妨げにならない範囲であれば差し支えない。堂内は許可を得てからにしたい。前庭に立つと、登録された建物のほとんどが一度に視野に入る。東側に庫裡及び書院、西側に衆寮と禅堂、その奥に鎮守殿が並び、書院の北方に経蔵、南端に山門が構える。永住寺本堂はその中心にあたる。
Q&A
- 永住寺本堂は拝観できますか。拝観時間と拝観料は?
- 拝観施設として公開されている寺ではないため、拝観時間・拝観料の設定はありません。境内は日中自由に入れ、外観は自由に見られます。堂内を見学したい場合は事前に寺へ連絡するか、新城市教育部歴史文化課(0536-23-7610)に問い合わせてください。
- 永住寺本堂は国宝や重要文化財ですか?
- いずれでもありません。登録有形文化財(建造物)で、国宝や重要文化財の指定制度とは別の、登録制度によるものです。永住寺本堂の登録は令和元年(2019年)12月5日、登録基準は「造形の規範となっているもの」です。
- 永住寺本堂はいつ建てられ、どこが後から変わったのですか?
- 元禄10年(1697年)の建立です。享保2年(1717年)に杮葺から桟瓦葺へ改修されました。堂内では、前面広縁の手前1間がもとは通路土間だったこと、西側の広縁が後から加えられたことが、柱や鴨居の痕跡から確かめられます。
- 永住寺本堂へは新城駅からどう行きますか?
- JR飯田線の新城駅から北東へ約600メートル、徒歩10分ほどです。車の場合は新東名高速道路の新城インターチェンジから10分ほどかかります。
- 永住寺には本堂のほかにどんな登録建造物がありますか?
- 7棟あります。開山堂及び位牌堂、庫裡及び書院、禅堂、衆寮、経蔵の5棟は本堂と同じ令和元年(2019年)12月5日の登録、鎮守殿と山門の2棟は令和5年(2023年)2月27日の登録です。
基本データ
| 名称 | 永住寺本堂(えいじゅうじほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県新城市字裏野3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和元年(2019年)12月5日 登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行6間(16.57メートル)、梁間7間(14.29メートル)、建築面積298平方メートル |
| 所有者 | 永住寺 |
| 公開状況 | 境内は日中自由に入場可。堂内の見学は事前連絡が必要。拝観時間・拝観料の設定なし。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「永住寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013120
- 新城市「永住寺本堂ほか 6棟」
- https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/minzokugeino/eijuji-hondo.html
- 新城市「国登録文化財」一覧
- https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/bunkazai/kunitoroku.html
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
最終更新日: 2026.08.30