春江院不老閣 ― 簡素な外観、数寄屋の内

不老閣は、外から見ただけでは見くびられやすい。切妻造に下屋庇を付けた平屋建で、書院の南西方に建ち、その簡素な外観は内に持つものを何も告げない。洗練は内側に収められている。誇示よりも控えめを尊ぶ数寄屋の流儀のとおりである。

この建物は昭和十一年(一九三六年)、昭和の初めに建てられ、屋根は銅板で葺かれている。内に入れば、室は改まる。南には床付の八畳の一の間、北には四畳半の二の間を配し、南と西に縁を廻す。茶の心得ある主が景を切りとり、光を加減するための縁である。

春江院は弘治二年(一五五六年)、大高城主が父の菩提を弔って創建した曹洞宗の寺である。境内は太平洋戦争の戦火を免れ、不老閣は二〇〇五年七月に登録された七棟の一つで、瓦ではなく銅板で葺かれた唯一の建物である。

不老閣が登録された理由

登録は、不老閣を禅寺のなかの、按配のよい昭和初期の数寄屋建築として評価したものである。建築面積はおよそ四十四平方メートル。一目で読みとれる小ささでありながら、ゆっくり見れば応える細部を備える。価値は規模ではなく仕上げの質にあり、最上の材を事もなげに見せるという数寄屋の理念に、どこまで徹しているかにある。

内部には、茶を解する者ならばすぐに見てとる選択が連なる。床柱は磨き丸太で、角材とせず丸みと皮を残す。床脇の棚は網代天井で覆う。縁の化粧屋根裏は、丸垂木に木舞を打って仕上げる。一つ一つは静かであり、合わさってこの建物の登録を裏づけている。

訪れて見るべきところ

まずは床から見たい。磨き丸太の床柱はこの室の要であり、壮麗さではなく、その表面の趣によって選ばれている。その脇の棚を覆う網代天井を見上げ、それから縁の軒の丸垂木へと目を移す。これらの手数こそが、ただの素朴な室と数寄屋の室とを分かつ。

不老閣は、すでに大きな堂宇を知り、寺がより私的な空間をどう扱ったかを見たい人にこそ応える。風化した銅板の屋根は、境内のなかでこの建物を際立たせる。ここの他の内部と同様、室は常時公開ではないため、事前に寺へ尋ねるとよい。本堂の格式に対し、この閣は、昭和の寺がなお建て得た軽やかで私的な調子を示している。

よくある質問

Q不老閣とはどういう意味ですか。
A「老いることのない閣」ほどの意で、この小さな昭和期の建物に付けられた風雅な名です。
Qいつ建てられたのですか。
A昭和十一年(一九三六年)で、境内の七棟のなかでもっとも新しい建物です。
Q数寄屋とは何ですか。
A茶の美意識から育った洗練された住宅様式で、自然の材と控えめさを、表立った装飾よりも重んじます。
Qなぜ屋根が銅板なのですか。
A不老閣は他の瓦葺の建物と異なり銅板葺で、その点が境内のなかで際立っています。
Q内部に入れますか。
A内部は常時公開ではありません。訪問前に春江院へお問い合わせください。

基本情報

名称春江院不老閣(しゅんこういんふろうかく)
所在地愛知県名古屋市緑区大高町字西向山5
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録 2005年7月12日
員数1棟
年代昭和11年(1936年)
構造及び形式木造平屋建、銅板葺、建築面積約44平方メートル
所有者宗教法人春江院
アクセスJR東海道本線・大高駅から徒歩圏

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「春江院不老閣」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004765
文化財ナビ愛知(愛知県)
https://pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1208.html
名古屋市緑区 史跡散策路
https://www.city.nagoya.jp/midori/page/0000001953.html

最終更新日: 2026.06.25