春江院鐘楼 ― 慶応元年の禅宗様の見せ場
春江院の本堂が控えめで、山門が簡素であるなら、鐘楼は大工がその手腕を見せる場である。本堂の北、玉石で築いた基壇の上に建つ、方一間の入母屋造の建物である。慶応元年(一八六五年)、江戸時代も末に近い年の建築で、ここの七棟のなかでもっとも装飾に富む。
鐘楼は禅宗様の意匠になる。禅宗様は中世に中国からもたらされた様式の一つで、日本の禅寺に受け継がれてきた。下部は袴腰として外へ広がり、簓子下見板張で仕上げる。上の縁には擬宝珠高欄を廻し、その細部は遠目にも読みとれて、内に吊る鐘を縁取る。
春江院は弘治二年(一五五六年)、大高城主が父の菩提を弔って創建した曹洞宗の寺である。境内は太平洋戦争の戦火を免れ、鐘楼は二〇〇五年七月に登録された七棟の一つである。
鐘楼が登録された理由
登録は、保存状態のよい、均整のとれた禅宗様鐘楼の好例として評価したものである。価値は上部の構造に集まっており、そこに禅宗様のいくつもの特徴が共にあらわれる。組物は出三斗を連ねた詰組とし、これを受けるために壁付を横広がりとする。その上、軒は二軒の扇垂木とし、隅から放射状に広がる。禅宗様が好む扱いである。
屋根は桟瓦葺の入母屋造である。内を見上げれば天井は格天井で、格間には彩色を施す。一間の小さな建物に、これだけ考え抜かれた細部を収める例は多くない。しかも均整がそれらをまとめ、互いに競わせずに保っている。それがこの鐘楼を登録に値するものとしている。
訪れて見るべきところ
下から見上げていきたい。外へ広がる袴腰は、目にした瞬間からこの鐘楼を他と分かつ。下見板張の側面が、石の基壇に向かって裾を広げる。視線を擬宝珠高欄へ、それから詰組と隅に広がる扇垂木へと上げていく。これらは禅宗様の印であり、この小さな一棟に集められている。
天井を見落とさないようにしたい。格天井の格間には彩色が施され、木の構造のなかにひとすじの明るさを添える。鐘楼は本堂の北の屋外に建ち、いつでも見られる。境内を歩く始めか終わりに、山門と組み合わせるのが自然である。七棟のうち、もっとも長く見上げる価値があるのがこの建物である。
よくある質問
- 禅宗様とは何ですか。
- 中世に中国から伝わった建築様式で、扇垂木や詰組などを特徴とし、禅寺に受け継がれてきました。
- 鐘楼はいつ建てられたのですか。
- 慶応元年(一八六五年)で、江戸時代もごく末に近い時期の建築です。
- 下部の広がりは何と呼ぶのですか。
- 袴腰といいます。石の基壇に向かって裾広がりに板張りした下部で、鐘楼によく見られる構えです。
- 頭上に見どころはありますか。
- はい。天井は格天井で、格間に彩色が施され、木組みのなかに明るさを添えています。
- 自由に見られますか。
- はい。本堂の北の屋外に建っており、いつでも見ることができます。
基本情報
| 名称 | 春江院鐘楼(しゅんこういんしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市緑区大高町字西向山5 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録 2005年7月12日 |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 慶応元年(1865年) |
| 構造及び形式 | 木造、瓦葺、建築面積約22平方メートル、方一間袴腰付鐘楼 |
| 所有者 | 宗教法人春江院 |
| アクセス | JR東海道本線・大高駅から徒歩圏 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「春江院鐘楼」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004769
最終更新日: 2026.06.25