愛知県の国 宝
National Treasures of 愛知県愛知県に所在する国宝。
愛知県西尾市にある鎌倉時代の仏堂で、桁行3間、梁間3間。孫庇の吹き放ちや蔀戸など平安の貴族住宅と共通する技法をもち、住宅風の阿弥陀堂として昭和30年に国宝へ指定された。愛知県内最古の木造建造物である。
愛知県名古屋市の徳川美術館にある鎌倉時代の短刀1口で、身長と茎長の値が、文化庁の記録と所蔵館の記録とで0.1センチメートルずつ違っている。目釘孔は四つある。昭和29年(1954年)に国宝へ指定された。
犬山城天守は、愛知県犬山市の木曽川を前に美濃を望む丘に建つ天守で、昭和27年に国宝に指定された。二層の櫓に望楼を載せ、唐破風を加えるなどの改造を経て今の姿となり、現存する日本最古の天守とされる。
織田有楽斎が元和4年(1618年)ごろ京都建仁寺正伝院に建てた二畳半台目の茶室。古暦の腰張りと斜めの壁から暦の席・筋違いの席と呼ばれ、移築を重ねて犬山の有楽苑に建つ。内部は月1回の予約制見学会でのみ公開。
名古屋・大須観音が所蔵する国宝「漢書食貨志第四」は、奈良〜平安時代に書写された『漢書』食貨志の写本で、顔師古注付きの現存最古級の一本です。古代日本の式部省の印が残り、日中文化交流の歴史を伝える至宝として、真福寺文庫(大須文庫)の4件の国宝のひとつに数えられています。
翰林学士詩集は、名古屋市の宝生院(大須観音)が所有する唐時代の詩集の写本で、国宝に指定されている。唐抄本で紙背に正広智三蔵表制集巻第五があり、大須文庫(真福寺本)の国宝の一つである。
応安4〜5年(1371〜1372)に僧・賢瑜が書写した、現存最古の『古事記』写本。失われた原本に本文が最も近い上中下の三帖で、現代の校訂本の底本にもなっています。大須観音の宝生院が所有し、東京国立博物館に寄託される国宝です。
禅宗の祖・達磨に弟子入りを願う僧が、覚悟を示そうと自らの腕を切り落とす場面を、雪舟が77歳で描いた国宝。縦約184センチの大作で、山水画で知られる雪舟の国宝6件のうち唯一の人物画です。現在は京都国立博物館に寄託。
短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉は、名古屋刀剣博物館を運営する東建コーポレーションが所有する鎌倉時代の短刀で、昭和30年に国宝に指定された。織田有楽の愛刀で、享保名物帳に載り前田家に伝わった。
中国で失われた唐代の類書・琱玉集。原本は早くに散逸し、天平19年(747年)に日本で書写された巻第十二と第十四の二巻だけがまとまって残る。紙背には平安前期写の不空三蔵表制集を伝える。大須観音(宝生院)蔵の国宝。
京都の来派を代表する刀工・来国俊が、76歳ごろに鍛えたと考えられる国宝の短刀。茎の裏に「正和五年十一月日」(1316年)の年紀を切る稀少な一口で、所有は名古屋の熱田神宮、現在は東京国立博物館に寄託されている。
寛永16年(1639)、二歳六か月で尾張徳川家二代光友に嫁いだ千代姫の婚礼調度70件。『源氏物語』初音帖の歌を蒔絵に散らした幸阿弥長重の最高傑作で、現存最古の一括婚礼調度として平成8年に国宝に指定された。
鎌倉時代中期の刀工・備前三郎国宗が鍛えた国宝の太刀。華やかな丁子乱れの刃文と腰反りの高い姿が見どころで、元文4年(1739)に尾張8代藩主徳川宗勝が持参して同家に伝来した。名古屋の徳川美術館が所蔵する。
本能寺の変後、明智光秀が安土城から持ち出し家老の津田遠江守重久に与えた織田信長の愛刀。鎌倉時代の刀工長光による華やかな丁子刃文の国宝で、前田家と将軍家を経て尾張徳川家に伝来し、名古屋の徳川美術館が収蔵する。
国宝「太刀 銘正恒」は平安時代の古備前派名工・正恒の作。延享2年(1745年)、8代将軍吉宗の隠居に際し尾張徳川家へ贈られた。腰反りの優美な姿と小乱の刃文、最も古雅と評される二字銘の見どころを徳川美術館の鑑賞情報とともに案内する。
備前長船派の祖・光忠の希少な在銘太刀。元禄11年(1698年)、五代将軍綱吉の御成の際に尾張家三代綱誠が拝領したと伝わる国宝で、名古屋の徳川美術館が所蔵する。刃長72.4cm、蛙子丁子の刃文と乱映りが見どころ。
正応5年(1292年)の年紀と花押を刻む国宝太刀。来孫太郎銘は来国俊の俗称と伝わるが作例は本作のみ。徳川家康から尾張徳川家に伝来し、名古屋の徳川美術館が収蔵する。身長77.3cm、鎌倉時代の優美な太刀姿を残す。
徳川家康の遺品として尾張徳川家に伝来した国宝短刀「庖丁正宗」。幅広で重ねの薄い異形の姿と、刀身を貫く素剣の透かし彫りで知られる鎌倉時代の名工正宗の傑作を、徳川美術館での鑑賞ポイントや周辺情報とともに紹介します。
徳川美術館所蔵の国宝・源氏物語絵巻は、物語成立から約150年後の12世紀に描かれた現存最古の源氏絵である。作り絵の濃密な画面と五種の書風による詞書が王朝の美意識を示す。公開は例年11月中旬から下旬のみ。