全国の史跡名勝天然記念物
全国の史跡名勝天然記念物を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
宮崎県高千穂町の下野八幡大神社の境内に立つ国指定天然記念物の大イチョウ。樹高36メートル、幹周り9メートルを超える雌株の巨樹で、樹齢約800年と伝えられます。秋には黄金色に輝く絶景が訪れる人々を魅了します。
宮崎県西都市上三財に静かに佇む常心塚古墳は、7世紀前半に築かれた希少な方墳。奈良の石舞台古墳と同じく外堤を備えた「石舞台型」方墳は全国でわずか4基しか確認されておらず、貴重な国指定史跡です。江戸時代の僧・常心が古墳内で即身成仏を遂げたという伝説とともに、古墳時代終末期の葬送文化を今に伝えています。
宮崎県都城市の庄内川には、長さ約600メートル、最大幅約80メートルの川床に千数百もの甌穴が広がります。約34万年前の加久藤火砕流による溶結凝灰岩を、霧島山地の清流が長い年月をかけて削り続けて生まれた自然の彫刻群で、1928年に国の天然記念物に指定されました。世界有数の規模と評され、日本の滝百選の関之尾滝とあわせて霧島ジオパークの代表的なスポットとなっています。
宮崎市街地から車で30分、標高509mの双石山は国指定天然記念物の照葉樹林と圧巻の奇岩群が織りなす自然の造形美の宝庫です。天狗岩、象の墓場、針の耳神社など見どころ満載の登山ルートや加江田渓谷の魅力を詳しくご紹介します。
宮城県柴田町、愛宕山の中腹に立つ雄株の大イチョウ。樹高31m、幹囲11m、樹齢約600年と伝わる。長さ3.5mに達する乳柱が16本垂れ下がり、古くから乳の出を祈る乳信仰の対象でもあった。1968年に国の天然記念物に指定。
宮城県気仙沼市にある煙雲館庭園は、仙台藩上級家臣鮎貝家の旧居館に営まれた池泉回遊式の名勝庭園。寛文年間に始まる作庭で、中島を備えた園池と背景林の幽邃に加え、気仙沼湾と岩井崎・大島の眺望を併せもつ。落合直文の生家としても知られる。
宮城県大崎市鳴子温泉鬼首、荒雄岳南麓の赤沢上流に位置する特別天然記念物。1933年に天然記念物、1952年に特別格上げ。雌釜は十数分おきに高さ2.5mまで熱湯を噴騰したが、1979年以降は活動を停止している。
宮城県白石市小原に立つ、樹齢約300年とされるカヤの巨木。種子が普通のカヤの半分ほどしかない希少な変種「コツブガヤ」で、昭和18年に国の天然記念物に指定された。全国で指定を受けた例はわずか2件のみという、分布上も貴重な一本である。
宮城県白石市にそびえる国指定天然記念物のカヤの巨樹。普通のカヤより大きな種子の表面には5〜6条の隆起線が走り、基部から先端へゆるやかに左へ巻く。全国でもごくわずかな地でしか確認されない稀少な一型である。
宮城県白石市の球状閃緑岩は、磨いた断面に菊花を散らしたような同心円が無数に浮かぶ稀少な岩石。文禄四年(一五九五)の発見伝説をもち、大正十二年に国指定された日本で唯一の産地で、地元では「菊面石」と呼ばれる。
宮城県気仙沼湾の海峡に向かい合う十八鳴浜(大島)と九九鳴き浜(唐桑半島)。乾いた砂を踏むと「クックッ」と鳴る石英の浜で、明治27年に学術記録された日本最古の鳴砂として、2011年に国の天然記念物に指定された。
東北三大地主と称された齋藤家第九代善右衛門が、旭山北麓に明治後期から造営した国指定名勝。慶応元年の広間建物、宝泉窟の湧水を引く園池、丘陵頂部の開運山まで一体に取り込んだ独創的な近代日本庭園の傑作である。
仙台城跡は、伊達政宗が慶長6年(1601)に築城を開始し、伊達家62万石の居城として約270年にわたり仙台藩の政庁となった城の遺構です。平成15年(2003)に国の史跡に指定された本城は、青葉山と広瀬川の天然要害を活かした平山城で、雄大な石垣と発掘調査で明らかになった三期にわたる築造変遷が近世日本の城郭技術を伝えます。本丸跡からは仙台市街と太平洋を一望でき、伊達政宗公騎馬像が往時を偲ばせます。
宮城県柴田郡川崎町支倉に生育する「滝前不動のフジ」は、樹齢四百年以上と推定される我が国最大級のフジで、昭和五十一年に国の天然記念物に指定されました。スギやケヤキの巨木に絡みながら高さ二十五〜二十八メートルにまで伸び、五月から六月の花期には不動堂の境内一面が薄紫の花房に覆われます。支倉常長ゆかりの地に咲く、唯一無二の古木をご紹介します。
宮城県登米市東和町を流れる鱒渕川は、ゲンジボタルの北限の群棲地として1979年に国の天然記念物に指定された貴重な生息地です。6月下旬から7月上旬の夜には、地域の人々が半世紀以上にわたり守り続けてきた清流に、数千匹のホタルが幻想的な「ホタル合戦」を繰り広げます。
仙台市若林区にある遠見塚古墳は、墳丘長約110メートルの前方後円墳。宮城県内では雷神山古墳に次ぐ第2位の規模を誇り、4世紀末から5世紀初頭頃に築かれた東北屈指の大古墳として国の史跡に指定されています。芝生に覆われた史跡公園として無料で公開され、墳丘の上からは仙台の街並みを一望できます。
仙台市青葉区子平町の曹洞宗・龍雲院の境内に静かに佇む林子平の墓。江戸時代後期に『三国通覧図説』『海国兵談』を著し、ペリー来航の60年以上前に海防の必要を訴えながら、幕府の発禁・蟄居処分を受けたまま不遇のうちに没した「寛政の三奇人」林子平。罪人扱いを解かれた天保13年(1842年)にようやく甥が墓を建て、昭和17年に国の史跡に指定。伊藤博文ら明治の元勲が建立した顕彰碑とともに、時代を見抜いた経世家の名誉回復の歴史を今に伝えます。
京都市北区の大田神社境内、約2,000平方メートルの沢に約2万5千株の野生カキツバタが自生する。平安時代に藤原俊成も和歌に詠んだ深紫の群落で、昭和14年に国の天然記念物に指定された洛北屈指の花の名所。
京都府大山崎町の大山崎瓦窯跡は、平安京造営のために瓦を焼いた平安時代前期の官営窯。2004年の宅地調査で発見され、現在12基の窯が確認されている。出土した軒瓦は平安宮朝堂院などに供給された。淀川流域を望む高台が史跡公園として整備されている。
乙訓古墳群は京都市・向日市・長岡京市・大山崎町にまたがる、古墳時代3世紀から7世紀の400年にわたる13基の首長墓。一地域で古墳時代全期間の首長墓が連続して築造された稀有な事例で、ヤマト政権の動向と連動する政治的縮図とも称されます。最大の恵解山古墳(全長128m)からは約700点の鉄製武器が出土し、整備された公園として現在も見学可能です。