全国の登録有形文化財
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平野家住宅門は文京区西片にある大正11年(1922年)頃の煉瓦造の表門。モルタル塗の煉瓦門柱に反りのある瓦屋根を載せ、潜戸付きの木扉と左右の煉瓦塀を備える。洋館に接して道に面し、外観を道から見られる。
平野家住宅洋館は文京区西片の大正11年(1922年)の木造2階建。白タイル貼りのハーフティンバースタイルで、主屋と別の玄関と階段室を持つ。保岡勝也の設計で、施主が事務所兼応接間に使った。内部は非公開。
ブルーボックスハウスは東京都世田谷区上野毛の国分寺崖線に建つ昭和46年(1971年)の住宅で、登録有形文化財。宮脇檀の設計による鉄筋コンクリート造と木造の混構造で、崖に浮かぶ青い箱の内部に上階の庭からガラスの階段室を通して光を導く。
東京都文京区本郷の鳳明館本館は明治30年代の木造二階建で、平成12年に登録有形文化財となった。学生下宿として建ち、各室の銘木に合わせて室名を付ける。本郷の下宿街を伝える遺構で、2026年4月末より改修のため休館中。
東京都港区新橋の堀商店は昭和7年竣工の鉄筋コンクリート造で、平成10年に登録有形文化財となった。スクラッチタイルの外壁と水平線を強調した窓廻りが特徴。現在は1階がカフェ、上階がシェアオフィスとして使われている。
東京都新島村本村の前田家住宅外便所は大正中期の石造平屋建で、平成16年に登録有形文化財となった。島産のコーガ石を壁からヴォールト屋根まで積み上げ、洋風のコーニスを回す。新島で最初に登録された文化財建造物である。
東京都調布市上石原の真木家住宅日本館は、明治43年頃の建築で、洋館の東方に南面して建ち渡り廊下で結ばれた木造平屋建住宅。東南に書院座敷を配し、明治後期の和館洋館併存住宅の事例として平成12年に国の登録有形文化財となった。
東京都調布市上石原の真木家住宅洋館は、海軍中将真木長義が白金に構えた明治43年頃の木造2階建住宅。ハーフティンバー風の車寄と八角ベイウィンドウを備え、昭和12年に現在地へ移築、平成12年に国の登録有形文化財となった。
松井家住宅表門及び塀は東京都文京区西片の通りに南面する昭和7年頃の建造物で、令和6年に登録有形文化財となった。表門は桟瓦葺の屋根を二重に見せ柱に出節丸太を用い、塀は総延長20mの鉄筋コンクリート造である。
繭山龍泉堂店舗は東京都中央区京橋の美術商が集まる一角にある昭和35年(1960年)の店舗兼住宅で、登録有形文化財。東畑謙三の設計で、通りに面した二面に石を額縁状に廻し、壁面を弁柄入りの黒漆喰で仕上げた骨董美術を意識した意匠をもつ。
宮城道雄記念館検校の間は東京都新宿区中町の宮城道雄記念館にある昭和23年(1948年)の書斎で、登録有形文化財。建築面積21平方メートルの寄棟造の小さな建物で、深い庇と、トコの両脇に琵琶トコと違棚を構えた6畳の主室に洗練された意匠を見せる。
ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)は東京都渋谷区渋谷にある昭和9年(1934年)の鉄筋コンクリート造の邸宅で、登録有形文化財。ドーマー窓付きの切妻造の中央に円錐形のホールと宝形造の玄関ポーチを重ね、都心に残る昭和前期の大邸宅の希少な例。
東久留米市柳窪の村野家住宅で主屋の南西に建つ江戸末期の穀蔵。江戸末期のうちに移築された土蔵造2階建で、置屋根を載せ、腰に大谷石の切石を4段張り、上部を白漆喰で仕上げる。東面の開口には掛子塗の両開扉を吊る。
東久留米市柳窪の村野家住宅の中心に建つ天保9年(1838年)の農家主屋。桁行23メートルの入母屋造茅葺で、東に土間と旧厩、西に六間取の居室と付書院のある座敷を置く。市内で唯一の江戸期の茅葺民家とされる。
東久留米市柳窪の村野家住宅で穀蔵の北に建つ明治28年(1895年)の新蔵。桟瓦葺の土蔵造2階建で、東正面に蔵前、その北に茶室を付ける。正面2階の窓に掛子塗の両開扉を吊り、蔵前には茶室風の下地窓を開ける。
東久留米市柳窪の村野家住宅で主屋と新蔵のあいだの板塀に開く大正後期の中雀門。間口1.5メートルの一間腕木門で、総欅造、楣上に格子欄間を入れ一軒疎垂木とする。前庭と奥庭を分ける、華奢で上品な内門である。
東久留米市柳窪の村野家住宅で主屋の北に建つ江戸末期の土蔵。桁行5.4メートルの切妻造妻入の2階建で、漆喰の東妻に家紋を掲げる。内部は柱を細かく立てて板壁とし、柱間に鉄棒を入れた厳重なつくりになっている。
東久留米市柳窪の村野家住宅で主屋の西に渡り廊下で結ばれる明治後期の離れ。大正後期に移築された入母屋造の座敷棟で、トコ・棚・付書院の主座敷と東南隅の洋間をもち、付書院欄間の彫刻は島村俊表の作と市が紹介する。
東久留米市柳窪の村野家住宅の南東に構える明治14年(1881年)の一間薬医門。間口2.6メートルの総欅造で、切妻造銅板葺の屋根を笈形付大瓶束で支え、両脇に板塀と潜戸を備える。門と屋敷林は道路から見られる。
森田家住宅板塀は、あきる野市小川の門の西端から敷地南辺を西へ延びる昭和初期の木塀。延長19メートル、高さ約2.3メートルで、玉石積みの基礎に竪板張・目板打の黒い壁を立て、門や見世蔵とともに屋敷構えを整える。