興隆寺宝篋印塔とは
興隆寺宝篋印塔は、愛媛県西条市丹原町古田の興隆寺(西山興隆寺)の境内に立つ南北朝時代の花崗岩製の宝篋印塔で、昭和29年(1954年)9月17日に国の重要文化財に指定された。読みは「こうりゅうじほうきょういんとう」。
愛媛県教育委員会によれば、塔は本堂に向かって右の後方に建ち、寺伝では源頼朝の供養塔といわれる。2段の基壇の上に立ち、総高は305センチメートルある。文化庁の記録では員数1基、時代は室町前期(1333〜1392年)とされている。
重要文化財としての価値
愛媛県の解説によれば、この塔の沿革について確かな伝承はないが、全体の形式と技法から南北朝時代の作とみられる。保存状態がきわめてよく、基礎から相輪まで損傷の跡がなく、整った姿を保っている点が評価されている。
彫刻は控えめである。塔身の正面に梵字を刻み、基礎の正面の格狭間(ごうざま)の中央に蓮弁を浮彫りにしている(愛媛県教育委員会)。源頼朝の供養塔という寺伝は、ここでは伝承として紹介するにとどめる。
見どころ
まず全体の姿を見たい。基礎から塔身、笠、相輪まで欠けたところがなく、総高305センチメートルの塔が2段の基壇の上に整然と立つ。県の解説がとくに保存の良さを挙げるのは、この欠けのない姿のことである。
次に正面に回り、塔身の梵字と、基礎の格狭間の中の蓮弁の浮彫りを確かめたい。正面にだけ装飾を集めた構成が、この塔の端正な印象をつくっている。
見学について
興隆寺宝篋印塔は本堂の右後方にあり、境内で見ることができる。撮影の可否についての公的な案内は見当たらなかったため、寺に確かめたい。
Q&A
- 興隆寺宝篋印塔はいつ造られましたか?
- 形式と技法から南北朝時代の作とみられます。文化庁の記録は室町前期(1333〜1392年)です。
- 興隆寺宝篋印塔が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和29年(1954年)9月17日です。
- 興隆寺宝篋印塔の大きさは?
- 2段の基壇の上に立ち、総高305センチメートルの花崗岩製です。
- 興隆寺宝篋印塔は源頼朝の供養塔ですか?
- 寺伝ではそう伝えますが、沿革について確かな伝承はないとされています。
- 興隆寺宝篋印塔は境内のどこにありますか?
- 本堂に向かって右の後方に建っています。
基本情報
| 名称 | 興隆寺宝篋印塔(こうりゅうじほうきょういんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県西条市丹原町古田1657(興隆寺) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和29年(1954年)9月17日指定 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造宝篋印塔、花崗岩製、総高305センチメートル |
| 所有者 | 興隆寺 |
| 公開状況 | 境内で見学可 |
参考文献
- 興隆寺宝篋印塔(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3383
- 興隆寺宝篋印塔(えひめの文化財/愛媛県教育委員会)
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/71.html
最終更新日: 2026.10.05