興隆寺本堂とは

興隆寺本堂は、愛媛県西条市丹原町古田の興隆寺(西山興隆寺)の本堂で、文中4年(1375年)に再興された南北朝時代の仏堂であり、明治40年(1907年)5月27日に国の重要文化財に指定された。読みは「こうりゅうじほんどう」。厨子1基、巻斗1個、棟札2枚が附として指定されている。

文化庁の記録では、規模は桁行5間、梁間6間、一重、寄棟造、銅板葺。愛媛県教育委員会によれば、屋根はもともと茅葺で、昭和12年(1937年)の解体修理で銅板葺に改められた。

重要文化財としての価値

愛媛県の解説は、興隆寺本堂を、和様の中に禅宗様の手法を取り入れた、室町時代の様式をよく伝える規模の大きな建物と評価している。明治40年(1907年)という早い時期に指定を受けたことも、この堂が古くから重視されてきたことを示している。

細部では、柱はすべて円柱で、外まわりの組物は禅宗様の出組に花肘木付きの双斗を用いる。蟇股は正面にだけ4個が使われている。四方に縁をめぐらし、床は拭板敷で、清楚な印象を与える(愛媛県教育委員会)。

内陣の後方には高欄付きの須弥壇があり、その上に附指定の厨子が安置されている。厨子は一間厨子で、屋根はしころ造、栩葺である。栩葺は厚さ0.9から3センチメートル、幅9から15センチメートル、長さ63センチメートル以下の板で葺く(愛媛県教育委員会)。

見どころ

まず屋根の形を確かめたい。愛媛県が書くとおり、一見すると頂点が一点に集まる宝形造に見えるが、実際は大棟のある寄棟造である。正面と側面から見比べると、短い大棟がわかる。

次に軒下の組物に目を移すと、禅宗様の出組と花肘木付きの双斗が柱ごとに並ぶ。正面では、それに加えて4個の蟇股が柱間を飾っている。和様の堂に禅宗様の部材を組み合わせた構成が、この本堂の見どころである。

見学について

興隆寺本堂は境内で外観を見ることができる。堂内の拝観や撮影の可否についての公的な案内は見当たらなかったため、寺に確かめたい。

Q&A

Q興隆寺本堂はいつ建てられましたか?
A文中4年(1375年)に再興された堂です。
Q興隆寺本堂が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A明治40年(1907年)5月27日です。厨子1基、巻斗1個、棟札2枚が附として指定されています。
Q興隆寺本堂の屋根は宝形造ですか?
A一見宝形造に見えますが、実際は寄棟造です。もとは茅葺で、昭和12年(1937年)の解体修理で銅板葺になりました。
Q興隆寺本堂の建築様式の特徴は?
A和様の中に禅宗様の手法を取り入れた、室町時代の様式をよく伝える大きな堂です。組物は禅宗様の出組で、正面にだけ4個の蟇股があります。
Q興隆寺本堂の中は拝観できますか?
A堂内拝観についての公的な案内はありません。外観は境内で見られます。

基本情報

名称興隆寺本堂(こうりゅうじほんどう)
所在地愛媛県西条市丹原町古田1657(興隆寺)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年明治40年(1907年)5月27日指定
員数1棟(附 厨子1基、巻斗1個、棟札2枚)
寸法桁行5間、梁間6間、一重、寄棟造、銅板葺
所有者興隆寺
公開状況境内で外観を見学可

参考文献

興隆寺本堂(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3382
興隆寺本堂(えひめの文化財/愛媛県教育委員会)
https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/22.html

最終更新日: 2026.10.05