旧甲斐家住宅裏門とは

旧甲斐家住宅裏門は、福島県喜多方市字一丁目の甲斐家の屋敷の西側、熱塩街道から一本西の通りに開く大正後期(1919〜1926年)の木造の門で、令和3年(2021年)に登録有形文化財に登録された。

市町小荒井の裏通りに面し、正面を西に向ける。間口は2.0メートルで、左右に袖壁を付ける。南には味噌蔵及び麹蔵が連なり、北東の奥には醤油蔵がある。醸造の原料や製品の出し入れ、使用人の出入りに使われたと考えられる、屋敷の裏口である。

表門が街道に向けた家の顔だとすれば、旧甲斐家住宅裏門は仕事の動線を受け持つ門である。それでも造りに手を抜いていないところに、この屋敷の普請の姿勢が表れている。

登録の理由 ― 蔵とひと続きの裏手の構え

旧甲斐家住宅裏門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。文化庁の解説は、門の両脇を板の袖塀で塞ぎ、味噌蔵・醤油蔵と一連になって屋敷の裏側の構えをつくっている点を挙げている。

形式は切妻造桟瓦葺の薬医門で、両開きの板扉を吊る。表門が本瓦葺で欅の一枚板の扉を用いるのに対し、裏門は桟瓦葺と板扉で格を一段下げている。そのうえで天井まわりに意匠を凝らしているのが、この門の特徴である。

見どころ ― 格天井と竪格子の欄間

旧甲斐家住宅裏門の見どころは、門の下に立って見上げたときの天井まわりにある。文化庁の解説によれば、軒は木舞打とし、扉の上には竪格子の欄間、天井は格天井で、瀟洒に整えている。

格天井は本来、書院や仏堂の格式ある部屋に使われる天井である。それを裏口の門の天井に張っているところに、施主の好みがのぞく。外側からは、門と左右の板袖塀、南に続く麹蔵の土壁が一つの立面にまとまって見える。

旧甲斐家住宅裏門の見学方法

旧甲斐家住宅裏門は西側の通りに面しているので、休館中でも道路から外観を見ることができる。文化庁の登録写真も北西から見た正面(西面)である。午後は西日が門の正面に当たる。工事の段階によっては足場や養生シートで覆われていることがある。

屋敷は令和5年(2023年)4月から保存修理工事のため休館しており、門をくぐって中へ入ることはできない。年1回程度の特別公開の機会があり、次回は令和9年(2027年)3月の予定である。屋敷への行き方と工事の予定は旧甲斐家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q旧甲斐家住宅裏門はどこにありますか?
A甲斐家の屋敷の西側、熱塩街道から一本西の通りに面しています。南に味噌蔵及び麹蔵が続きます。
Q旧甲斐家住宅裏門はいつ建てられましたか?
A大正後期(1919〜1926年)の建築とされます。
Q旧甲斐家住宅裏門はどのような門ですか?
A切妻造桟瓦葺の薬医門で、間口は2.0メートルです。両開きの板扉を吊り、両脇を板袖塀で塞いでいます。
Q旧甲斐家住宅裏門の天井にはどんな特徴がありますか?
A軒を木舞打とし、扉上に竪格子の欄間を入れ、天井を格天井とするなど、裏口の門としては凝った意匠です。
Q旧甲斐家住宅裏門は休館中でも見られますか?
A西側の通りに面しているので、道路から外観を見られます。屋敷は令和5年(2023年)4月から休館中で、中には入れません。

基本情報

名称旧甲斐家住宅裏門
所在地福島県喜多方市字一丁目4611-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口2.0m、左右袖壁付
所有者喜多方市
公開状況外観は道路から見学可。2023年から保存修理工事のため休館中(工事は2030年度まで予定)

参考文献

旧甲斐家住宅裏門(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013934
旧甲斐家住宅裏門(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/520084
旧甲斐家住宅表門(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013933
旧甲斐家蔵住宅の保存修理工事を行っています。(喜多方市)
https://www.city.kitakata.fukushima.jp/site/kyukaike/57982.html

最終更新日: 2026.10.01