花崗岩の門柱に鋼管のアーチを渡す

末廣酒造嘉永蔵正面門は、福島県会津若松市日新町にある造り酒屋の門で、明治後期(1898年から1912年)に建てられ、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財となった。石造で間口2.2メートル、左右に袖塀が付く。

主屋事務所と新蔵の間に、東を向いて建つ。高さ3.3メートルの花崗岩の門柱を立て、その間に灯具の付いた鋼管のアーチを渡す。両脇には煉瓦造の袖塀が続き、北側の袖塀には石材で枠を組んだ通用口が開く。

文化庁のデータベースは、構造の欄に間口2.2メートル、解説文に2.1メートルと記しており、値が一致しない。ここでは構造欄の数値を採った。

なぜ登録されたのか

末廣酒造嘉永蔵正面門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。登録番号は07-0193で、9件のうち最後の番号にあたる。

評価されたのは、和風を基調とする表構えに彩りを添えている点である。主屋も新蔵も木造と土蔵造の和風建築だが、その間に置かれたこの門だけは花崗岩と鋼管と煉瓦でできている。材料が違うために、通りから見たとき門の位置で視線が止まる。

灯具付きの鋼管アーチは、明治後期の建築に入ってきた新しい材料の使い方を示す。鋳鉄や鋼の部材を装飾として見せる感覚は、同じ時期の洋風建築や街路の設えに共通する。

門柱の高さと、袖塀の煉瓦積み

末廣酒造嘉永蔵正面門の前に立つと、まず門柱の高さが目に入る。3.3メートルの花崗岩の柱が2本、間口2.2メートルを挟んで立つ。柱の太さに対して間口が狭いため、通りから見ると縦に長い枠のように見える。

アーチは門柱の頭をつなぐ鋼管で、灯具が取り付く。夜に灯が入ることを前提とした設えで、門が閉じていても位置が分かる。

袖塀は煉瓦を長手積で積む。同じ敷地の煉瓦塀と積み方が揃っており、北の袖塀に開く通用口も、煉瓦塀の通用口と同じく石材で枠を組む。表構えの4件が別々に造られたのではなく、ひとつの構えとして考えられていたことが、この揃え方から読める。

見学方法

末廣酒造嘉永蔵正面門は街路に面しており、外観はいつでも見られる。撮影に制限はない。全体を見るには通りの向かい側まで下がるとよく、門柱と袖塀、その先の主屋と新蔵がひと続きの構えとして見える。

門は敷地の出入口として使われている。通り抜けられるのは営業時間中に限られる。

敷地全体の見学時間・定休日・行き方は、末廣酒造嘉永蔵のページにまとめてある。

Q&A

Q末廣酒造嘉永蔵正面門はいつでも見られますか。
A街路に面しているため外観はいつでも見られ、撮影に制限もありません。門を通り抜けられるのは営業時間中に限られます。
Q末廣酒造嘉永蔵正面門はどのような造りですか。
A石造で、高さ3.3メートルの花崗岩の門柱を間口2.2メートルで立て、門柱の間に灯具付きの鋼管アーチを渡します。両脇には煉瓦造の袖塀が付きます。
Q末廣酒造嘉永蔵正面門の間口はいくつですか。
A文化庁のデータベースは構造の欄に2.2メートル、解説文に2.1メートルと記しており、値が一致していません。この記事では構造欄の2.2メートルを採っています。
Q末廣酒造嘉永蔵正面門はいつ建てられましたか。
A明治後期、1898年から1912年の間とされています。同じ明治後期の煉瓦塀や煉瓦煙突と同時期にあたります。
Q末廣酒造嘉永蔵正面門は重要文化財ですか。
A違います。平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財として登録されました。登録番号は07-0193です。

基本データ

名称末廣酒造嘉永蔵正面門
所在地福島県会津若松市日新町159他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1基
寸法石造、間口2.2メートル、左右袖塀付
所有者末廣酒造株式会社
公開状況街路から常時見学可。通行は営業時間内

参考文献

国指定文化財等データベース 末廣酒造嘉永蔵正面門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012478
嘉永蔵見学(末廣酒造株式会社)
https://sake-suehiro.co.jp/museum
末廣の歴史(末廣酒造株式会社)
https://sake-suehiro.co.jp/history

最終更新日: 2026.09.17