小坂家住宅 ―― うだつの町に残る造り酒屋の主屋

岐阜県美濃市、うだつの上がる町並みの二番町通りに面して、黒漆喰の重厚な構えを見せる商家がある。軒先には酒林(杉玉)が下がり、ここが現役の造り酒屋であることを示している。小坂酒造場は安永元年(1772年)の創業で、長良川の伏流水を仕込み水に用い、「百春」の銘で酒を醸し続けてきた。その主屋が、美濃の町並みのなかで唯一、国の重要文化財に指定されている小坂家住宅である。

文化庁の国指定文化財等データベースは、主屋の年代を安永2年(1773年)、員数を1棟とする。この年代の根拠は、昭和58年(1983年)の半解体修理で確認された資料にある。主屋入口に打ちつけられた祈祷札のうち最も古いものが安永2年、背後の酒倉の二階柱には安永元年の墨書、製麹室の屋根瓦には同年にあたる箆書(へらがき)が見つかった。一方、岐阜県の解説では、寛政7年(1795年)以降の祈祷札を根拠に寛政頃の建築とみる見方も示されており、建物の各部の年代には幅がある。いずれの資料も、この家を建てたのが、当時「杉本屋」と称し尾張藩から酒造の免許を得た小坂家であった点では一致している。

重要文化財に指定された理由

美濃の町は和紙と酒で栄え、富裕な商家はその富を屋根の上に示した。町並みの象徴が「うだつ」である。うだつは屋根の両端を一段高くして設けた防火壁で、軒を接して建つ家屋の延焼を防ぐ実用の役割をもつ。同時に、これを設けられるのは裕福な家に限られたため、家の格式を示す装置でもあった。「うだつが上がらない」という慣用句は、ここから生まれている。

小坂家住宅が国の重要文化財に指定されたのは昭和54年(1979年)2月3日のことで、美濃地方における商家の代表的な遺例としての評価による。桁行は約11.4メートル、梁間は約16.0メートル。二階建で正面の軒は低く、背面で屋根を一段下げる段違いの切妻造とする。屋根には特色があり、関東に多い直線や反りではなく、ゆるやかに外へふくらむ「起り(むくり)」の曲線を描く。これは京都・大坂を中心とする上方の手法で、桂離宮などにも見られる洗練された形式である。軒は持送りで前へ張り出すせがい造とし、正面全体を黒漆喰で仕上げる。

平面にも見るべき点がある。上手と下手の室境に半間通りの部分をとる構成は、指定の解説でも特色として挙げられている。低い二階正面、起り屋根、そして両端のうだつ。これらを合わせると、江戸時代にこの地方で財を成した商人がどのように家を構えたかが、一棟のうちに読み取れる。

見どころ

まず注目したいのが、うだつそのものである。小坂家のうだつは、町なかの他の家とは姿が異なる。美濃のうだつの多くは頂部に鬼瓦を据え、しばしば屋号を示すが、小坂家のうだつには鬼瓦がない。代わりに「とりぶすま」と呼ばれる部分を中心に、左右の破風瓦と簡素な懸魚で構成される。数軒先の旧今井家のうだつと見比べると、その意匠の古風さと抑制のきいた構えがよくわかる。

次に屋根の稜線を見上げてみたい。起りの曲線はゆるやかで、空を背に棟筋を目で追って初めて気づく程度のものである。現役の酒蔵にこうした手の込んだ意匠を施した点に、家の格式を示そうとした当主の意図がうかがえる。間近に立てば、黒漆喰の壁と、低く塗り込められた二階の格子窓が、正面に張りつめた表情を与えていることに気づく。

建物の内部は、展示用に整えられた空間ではなく、今も酒造りの場である。土間の入口を入ると、米を蒸した場所や、現在も使われる竈と釜が見られる。主屋の背後に連なる酒倉には、江戸期から明治期にかけての建物が残り、いずれも稼働している。予約制の利き酒の場が設けられ、店頭では「百春」やより辛口の「さんやほう」を求めることができる。和紙の町らしい工夫もある。酒蔵が掲げる酒林のなかには、杉の葉ではなく美濃和紙でつくられたものが交じっている。

周辺の見どころとアクセス

小坂家住宅は、重要伝統的建造物群保存地区に選定された美濃町の町並みのなかにある。江戸から明治にかけての商家が軒を連ねるこの通りは、歩くこと自体に意味がある。屋根ごとにうだつが並び、保存地区の案内には、家ごとに異なる鬼瓦や破風瓦、懸魚の違いを図で示したものもある。

数分歩いた先の旧今井家住宅は、美濃史料館として公開されている。今井家は和紙の問屋で、この町を支えた商いの中身がわかる。美濃は本美濃紙の産地であり、本美濃紙は2014年にユネスコ無形文化遺産に登録された。通り沿いの店では和紙やその工芸品を扱う。秋には町じゅうに和紙の灯りが並ぶ美濃和紙あかりアート展が開かれる。視点を変えるなら、町を見下ろす丘の小倉公園へ登るのもよい。戦国武将・金森長近が築いた城の跡である。長良川に架かる美濃橋も、近代の吊橋として重要文化財に指定されている。

訪ねるには鉄道が分かりやすい。長良川鉄道の美濃市駅から徒歩でおよそ8分である。

Q&A

Q建物の中に入って見学できますか。
Aはい。建物は現役の小坂酒造場で、営業時間内に見学できます。入場券制の資料館ではなく酒蔵兼店舗のため、店の営業時間にならい、定休日があります。遠方から訪ねる際は、事前に最新の営業日時を確認してください。
Q試飲はできますか。
A予約制の利き酒の場があり、店頭での購入は予約なしでも可能です。冬季には蔵開きの催しもあります。試飲を目的とする場合は、当日の飛び込みではなく、事前に手配しておくと確実です。
Q「うだつ」とは何ですか。
A屋根の両端を一段高くして設けた防火壁で、隣家への延焼を防ぐためのものです。設けられるのは裕福な家に限られたため格式の象徴ともなりました。小坂家のうだつは、町なかの他家に多い鬼瓦を載せない、古風で簡素な形式である点が特徴です。
Q見学にはどのくらい時間がかかりますか。
A主屋と店舗だけなら30分ほどです。保存地区の町並みや美濃史料館、和紙の店まで含めると2〜3時間、小倉公園や美濃橋を加えるとさらに余裕をみておくとよいでしょう。

基本情報

名称小坂家住宅(こさかけじゅうたく)
所在地岐阜県美濃市2267番地(相生町)
指定区分重要文化財(昭和54年〔1979年〕2月3日指定)
指定番号02077
時代・年代江戸後期/安永2年(1773年)
員数1棟
構造及び形式桁行11.4m、梁間16.0m、二階建、切妻造段違、北面庇付、桟瓦葺
現在の用途現役の造り酒屋(小坂酒造場/銘柄「百春」「さんやほう」)
アクセス長良川鉄道 美濃市駅から徒歩約8分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1055
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/155595
小坂家住宅(美濃市)
https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1089.html
小坂家住宅(岐阜県)
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/353169.html
小坂家住宅(美濃市観光協会)
https://minokanko.com/seeing/category/townscape-architecture/p5977/

最終更新日: 2026.06.02