現存最古の近代吊橋

美濃橋は、岐阜県美濃市の長良川に架かる大正5年(1916年)竣工の吊橋で、平成15年(2003年)5月30日に国の重要文化財に指定された。正式な読みは「みのはし」である。

わが国に現存する最古の近代吊橋とされる。この「近代吊橋」には定義がある。両岸のアンカーレイジに主ケーブルを碇着し、吊ケーブルで橋桁を支持し、補剛トラスで揺れを抑える構造を指す。日本には吊橋自体はもっと古くから存在するが、蔓や縄を用いたもので、この原理では造られていない。

架橋地点は美濃市街地の北部、小倉山の西方で長良川が湾曲して流れるところ。橋は川に対してほぼ直角に渡る。橋長113メートル、支間116メートル、幅員3.1メートルの単径間補剛吊橋である。

事業の発端は請願だった。増水時にも通行できる交通手段を求めた美濃町と対岸の安曽野村の申請を受け、岐阜県の補助事業として建設が進められた。大正4年(1915年)8月起工、翌年8月竣工。

誰が造り、何が記録に残っているか

建設を主導したのは岐阜県技師の戸谷亥名蔵。明治21年(1888年)に帝国大学工科大学土木工学科を卒業した技術者である。当時の新聞からは、他に岐阜県技手の堀宇三郎(明治42年名古屋高等工業学校土木科卒、のち堀正義)と、武儀郡吏員の玉井義雄の関与が知られる。

起工と竣工の年月は、単一の記録ではなく二つの別々の資料から確認されている。起工年月は開通式に際して発行された渡橋式の案内状、竣工年月は大正5年8月18日発行の大阪朝日新聞による。補剛桁の左岸側に付けられた銘板には「製作名古屋鐵工所」「大正五年七月竣工」とある。

指定基準として文化庁が挙げたのは二点。「技術的に優秀なもの」と「歴史的価値の高いもの」である。近代吊橋の要素を構造躯体全体に備え、建設当時としてはわが国で最大級の支間116メートルを実現した点が評価された。

開通後、美濃橋は長良川を横断する主要道路の一つとして機能した。新美濃橋など他の橋梁が架設されるにつれて交通量は減り、昭和40年代以降は歩行者用となっている。

立ち止まって見たい細部

主塔は高さ9.8メートル、鉄筋コンクリート造。塔頂部には鉄製の滑動支承があり、荷重の変化に応じて主ケーブルがわずかに動くようになっている。基部は隅を算木積風とした玉石積。主塔横梁の下面は楕円形アーチ状に抜かれ、陸地側の壁面には橋名が彫り出されている。右岸側の主塔に「みのはし」、左岸側の主塔に「美濃橋」。

主ケーブルは19本線6撚共心構造で、サグ比は15分の1。吊ケーブルは37本線6撚共心構造で、横桁との接続部にはターンバックルが入る。据付後に張力を調整するためのねじ式金具である。

左右のアンカーレイジは造りが違う。渡る前に知っておくと面白い。右岸側は、側面を玉石張、頂部をモルタル洗出仕上げとしたコンクリート構造物で、主塔から北西へ約43メートル離れた位置に築かれる。内部には引張調整用の鉄製ソケットと接続する7本のストランドロープが埋め込まれている。左岸側にはそうした塊がない。主ケーブルは小倉山の岩盤に穿たれた隧道へ引き入れられ、その内部で碇着される。隧道にはコンクリートが充填されている。

補剛桁はアングル材とT型鋼を鋲結したダブルワーレントラス。三格間ごとに上弦材と横桁を斜材で繋ぐ対傾構が入る。

昭和58年(1983年)と平成11年(1999年)に取り替えられた木製床版部分を除いて、目にする部材は建設当初のものである。平成24年(2012年)からの詳細調査と耐震診断を経て、平成28年(2016年)から5か年の修復工事が実施された。部材を取り替えた箇所では、高力ボルトや溶接ではなくリベットによる接合が行われている。建設当時の工法をそのまま継承した処置である。

令和3年(2021年)3月9日に工事が完了し、通行が再開された。修復に合わせて夜間照明が設置され、日が落ちてから撮影に訪れる人も増えている。通行は無料で時間の制限もない。自転車は通れるが自動車は不可。両端の看板により、一度に渡れる人数は20人以下に制限されている。歩けば床板が撓み、きしむ音がする。揺れが苦手な人はあらかじめ承知しておきたい。

橋の下の河原は、夏になると川遊びやバーベキューの客で賑わう。ただし橋からの飛び込みによる水難事故が繰り返し起きており、美濃市と関市がともに注意を呼びかけている。最寄り駅は長良川鉄道の美濃太田方面の各駅。うだつの上がる町並みで知られる美濃市の伝統的建造物群保存地区は、橋から南へ少し行ったところにある。

Q&A

Q美濃橋は現在渡ることができますか。通行料はかかりますか。
A歩行者と自転車が無料で通行できます。時間の制限もありません。自動車は通行できません。両端の看板により一度に渡れるのは20人以下と定められています。床板は歩くと撓み、きしむ音がします。
Q美濃橋が「現存最古の近代吊橋」と呼ばれるのはなぜですか。
A大正5年(1916年)竣工で、両岸のアンカーレイジへの主ケーブル碇着、吊ケーブルによる橋桁支持、鋼製補剛トラスという近代吊橋の原理で造られた橋のうち、日本で現存する最古のものだからです。蔓や縄による古い吊橋はこの原理では造られていません。
Q美濃橋の修復工事はいつ終わりましたか。
A平成24年(2012年)からの詳細調査と耐震診断を経て、平成28年(2016年)から5か年の修復工事が行われ、令和3年(2021年)3月9日に完了しました。部材の取り替えにはリベット接合が用いられ、建設当時の工法が継承されています。工事に合わせて夜間照明も設置されました。
Q美濃橋は誰が設計・建設したのですか。
A岐阜県技師の戸谷亥名蔵が中心となりました。明治21年に帝国大学工科大学土木工学科を卒業した技術者です。当時の新聞からは岐阜県技手の堀宇三郎、武儀郡吏員の玉井義雄の関与も知られます。補剛桁は名古屋鐵工所の製作です。
Q美濃橋の周辺には他に何がありますか。
A橋から南へ少し行くと、うだつの上がる町並みで知られる美濃市の重要伝統的建造物群保存地区があります。橋の下の河原は夏の川遊びの場ですが、橋からの飛び込みによる水難事故が起きており、美濃市と関市が注意を呼びかけています。

基本情報

名称美濃橋(みのはし)
所在地岐阜県美濃市曽代、同曽代地先、同前野
指定区分重要文化財(指定番号 02427)/指定基準:技術的に優秀なもの、歴史的価値の高いもの
指定年平成15年(2003年)5月30日
員数1基(コンクリート造アンカーレイジ2基を含む)
寸法鋼製補剛吊橋。橋長113.0メートル、支間116メートル、幅員3.1メートル、主塔高9.8メートル
所有者美濃市
公開状況歩行者・自転車は常時無料通行可(一度に20人以下)。自動車は通行不可。夜間照明あり

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「美濃橋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3790
美濃市ホームページ「美濃橋」
https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1217.html
岐阜県公式ホームページ 文化伝承課「美濃橋」
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/353175.html
文化庁「『美濃橋』の調査と保存修理」
https://www.bunka.go.jp/kindai/kenzoubutsu/repairs_01/index.html
美濃市観光協会「美濃橋(国指定重要文化財)」
https://minokanko.com/seeing/category/nature-scenery/p5981/

最終更新日: 2026.08.06