大正12年から走り続ける、美濃の木造駅舎

1923年(大正12年)10月5日、長良川流域を北上してきた鉄道省越美南線の最初の列車が、新築の木造駅舎に到着した。当時の駅名は美濃町駅。終着駅としての開業だった。それから1世紀あまり、下見板張の壁と切妻屋根のシルエットは、開業当時とほとんど変わらないまま、いまも乗客を迎え続けている。

長良川鉄道美濃市駅本屋は、岐阜県内に残る大正初期の木造駅舎のうち、現役で使われている数少ない一棟である。文化庁は2013年(平成25年)12月24日、その希少性と保存状態を理由に、本屋を国の登録有形文化財に登録した。同日付でプラットホーム及び待合所も別件として登録され、駅全体が一体の歴史的景観として位置づけられている。

建物の輪郭をたどる

駅舎は桁行二十四メートル、建築面積約一八九平方メートルの木造平屋建で、切妻造の屋根を鉄板で葺き、長辺側に出入口を設ける平入の構成をとる。外壁は下見板張。大正期の小規模公共建築によく見られる、簡素でありながら整った仕上げだ。

平面はわかりやすく二分されている。西寄りには待合室、出札窓口、改札口。東側は駅員側のエリアで、閉塞取扱所を備えた事務室と乗務員用の小さな休憩室が並ぶ。正面の出入口には桟瓦葺の切妻造の車寄が短く張り出し、背面からは上屋付の連絡通路がプラットホームに向かって伸びる。この連絡通路用上屋も、登録対象に含まれている。

敷地が斜面に造成されているため、プラットホームは駅舎よりも一段高い位置にあり、乗客は地下道を経由してホームに上がる。延長九八メートルのプラットホームと、その上に建つ昭和十二年の木造待合所、玉石積の側壁、古レールで組まれた上屋などは、別件登録として駅本屋と組をなしている。

鉄道省から第三セクターへ

開業時の駅名は美濃町駅。三年後の大正十五年に板取口駅(現・湯の洞温泉口駅)まで延伸され、終着駅から途中駅へと役割を変える。

1954年(昭和29年)11月、周辺町村の合併で美濃市が誕生したのに合わせて駅名は美濃市駅と改められた。貨物の取扱は1974年に廃止。そして1986年(昭和61年)12月、経営難に直面した越美南線は国鉄から分離され、岐阜県と沿線自治体が出資する第三セクター・長良川鉄道に移管された。木造駅舎は、こうした制度の変転のたびに看板を掛け替えながら、構造そのものは大正の姿をとどめてきた。

平成七年と平成十四年の二度にわたる改修工事では、傷んだ部材の更新と部分的な改造が行われている。中央部の一部はトタン板で覆われており、注意して見ると改修箇所がわかる。一方で、外形の輪郭と内部の用途配分は、開業時の出札掛が見ていた光景にきわめて近いまま残されている。

登録の理由

文化庁の登録説明は、この建物が「大正期の官鉄駅舎の姿を今に伝える」と記す。短いが要点を突いた評価だ。同時代に建てられた中部地方のローカル線駅舎の多くは、すでに解体されるか、コンクリートのプレハブに置き換えられるか、原形を失うほど改築されている。美濃市駅本屋は、勾配屋根、下見板の外皮、閉塞・出札・待合という機能区分など、昭和十年代に標準化された規格型駅舎が普及する以前の、控えめで人の身丈に近い駅舎の語彙を、いまも保っている。

本屋単独ではなく、プラットホーム、待合所、連絡通路、玉石積側壁といった構成要素が揃って残されていること——この「セットとしての完全性」こそが、2013年の同時登録の理由となった。

訪れたら立ち止まりたい場所

待合室の内部は、ゆっくり眺める価値がある。頭上の天井板は開業以来の木材で、蒸気と煙草の煤で渋い色に染まっている。一部の壁は古い板そのまま。造り付けのベンチは改修時に撤去されたが、空間の比率と素材感は古いままだ。

正面玄関のすぐ脇には、かつて全国の田舎駅で当たり前に見られた赤い丸ポストが、現役で立っている。木造の軒、丸ポスト、そしてプラットホームの脇に一本だけ残る老桜——この組み合わせが昭和の駅前風景の小さな完成形として、訪れる人の写真の中でしばしば主役になる。

美濃市駅は有人駅で、出札窓口は基本的に9時30分から18時まで営業している(火曜・木曜は窓口閉鎖、時期により変動あり)。自動券売機は設置されておらず、乗車券は窓口で買う仕組みだ。一部の駅向けにはいまも硬券で発売される。発車までの時間があれば、駅前の小さな駐車場に併設されたレンタサイクル(5台)を借りて市街地に出ることもできる。

駅から歩く

多くの旅行者がこの駅で下車する第一の理由は、北へ徒歩約十五分のうだつの上がる町並みだ。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された約四百メートルの通りには、江戸期の商家が軒を連ねる。屋根の両端に張り出した防火壁——「うだつ」——は、もとは火事の延焼を防ぐ装置だったが、やがて美濃和紙で財を築いた豪商たちが富と意匠を競う対象となった。一三〇〇年を超える歴史をもつ美濃和紙は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されており、町並みのなかには手漉き工房や和紙を扱う店、小さな展示館が点在する。

長良川鉄道の駅から徒歩三分の場所には、もうひとつの登録有形文化財である旧名鉄美濃駅がある。一九九九年に廃線となった名鉄美濃町線の終着駅で、大正十二年の駅舎、プラットホーム、線路、そして三両の路面電車が当時の姿のまま静態保存されている。同じ一九二三年に、競合する鉄道会社のために建てられた二つの駅が、徒歩数分の距離で並ぶ——大正期の地方交通史を比較する素材としてこれ以上ない取り合わせだ。

さらに南西へ足を延ばせば、長良川に架かる重要文化財・美濃橋(一九一六年竣工の吊橋)が、同じ大正期の土木遺産として控えている。

Q&A

Q列車に乗らなくても駅舎の中に入れますか。
Aはい。待合室と出札窓口前のスペースは営業時間中、自由に立ち入れます。ただしプラットホームへ出るには有効な乗車券が必要です。
Q写真撮影はできますか。
A建物外観の撮影は可能です。待合室内部の撮影も、他の利用客や駅員の業務を妨げない範囲で一般的に許容されています。当日の掲示を確認してください。
Q主要都市からの行き方を教えてください。
A名古屋からはJR高山本線で美濃太田駅まで約七十分、ここで長良川鉄道越美南線(北濃方面)に乗り換え、美濃市駅は美濃太田から約五十分の十一番目の駅です。列車はおおむね一時間に一本程度の運行です。
Q駅に荷物を預けられますか。
A駅構内にコインロッカーは設置されていません。短時間であれば窓口で対応してもらえる場合があります。長時間預ける予定がある場合は事前確認のうえ、なるべく身軽に来ることをおすすめします。
Qプラットホームなど、駅本屋以外の登録対象も見られますか。
Aプラットホーム、昭和十二年築の木造待合所、玉石積側壁、上屋なども登録対象で、乗車券を持っていればホーム上から見学できます。駅舎とホームを結ぶ地下道もそのまま当時の姿を残しています。

基本情報

名称長良川鉄道美濃市駅本屋
所在地岐阜県美濃市字沓掛2946-6
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2013年(平成25年)12月24日
建築年大正12年(1923年)/平成7年・平成14年改修
構造木造平屋建、鉄板葺、建築面積約189㎡、連絡通路用上屋付
員数1棟
所有者長良川鉄道株式会社
アクセス長良川鉄道越美南線・美濃市駅
窓口営業時間9:30〜18:00(火曜・木曜定休、変動あり)

参考文献

文化遺産オンライン「長良川鉄道美濃市駅本屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/270816
文化遺産オンライン「長良川鉄道美濃市駅プラットホーム及び待合所」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/207677
美濃市「長良川鉄道美濃市駅本屋・プラットホーム及び待合所」
https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1185.html
美濃市観光協会「うだつの上がる町並み」
https://minokanko.com/seeing/category/history-culture/p5973/
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004547

最終更新日: 2026.05.15