重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
金剛峯寺が伝える重要文化財。高野山を空海に譲ったと伝わる地主神丹生明神を描く鎌倉時代の神像である。神仏習合の信仰を映す一幅で、令和七年の御社遷宮を機に高野山の神々への関心が高まるなか、改めて注目される。
金剛峯寺が所蔵する重要文化財。中国元時代に描かれ、海を越えて高野山に伝わった請来仏画である。寺伝は薬師如来と呼ぶが、明確な持物を欠くため、国の指定名称は単に如来像とする。和様とは異なる大陸の作風が見どころ。
高野山の学問寺・正智院が所蔵する鎌倉時代の仏画。八つの髻を結う文殊菩薩が獅子上の蓮華座に坐し、八大童子を従える。災いを除く八字文殊法の本尊として描かれた重要文化財で、現在は高野山霊宝館に保管され、入れ替え展示で公開される。
高野山の塔頭・善集院が所蔵する鎌倉時代の仏画。空海が嵯峨天皇の御前で八宗の高僧と論議し、大日如来の姿を現したという伝承を描く。金剛界の大日が智拳印を結ぶ希少な画題で、重要文化財として高野山霊宝館に保管される。
高野山の塔頭・光台院が所蔵する鎌倉時代の仏画。北方を守る四天王の一尊・毘沙門天を単独の主尊として描き、甲冑をまとい宝塔と戟を執り邪鬼を踏む。護法と福徳の神への信仰を示す重要文化財で、高野山霊宝館に保管される。
高野山の学問寺・正智院が所蔵する鎌倉時代の仏画。延命と現世利益を祈る普賢延命法の本尊で、真言系の二十臂像は四頭の白象に坐し各手に法具を執る。長寿への祈りを示す重要文化財で、高野山霊宝館に入れ替え展示で公開される。
和歌山県有田川町の浄教寺が所蔵する鎌倉時代初期の仏画。釈迦の入滅を描く涅槃図ながら、大きな天蓋や黒雲に乗る龍王など通例にない図像を多く備える。明恵ゆかりの最勝寺から伝来した重要文化財で、春秋の彼岸などに公開される。
高野山一心院谷の五坊寂静院に伝わる鎌倉時代の不動明王画像。燃えさかる炎を背に座す揺るがざる尊が、三人の童子を従える珍しい構成をとる。筆者には願行の名が伝承として挙げられ、鎌倉仏画の佳品として知られる重要文化財である。
高野山で最も古い明王院に伝わる本尊、通称「赤不動」。京都青蓮院・三井寺とともに日本三不動に数えられる。円珍が感得したとの伝承を負い、後醍醐天皇が吉野へ携えたとも伝わる。年に一度の赤不動大祭に開帳される重要文化財である。
紀州由良の興国寺に伝わる開山である法燈国師(心地覚心)の頂相。正和四年(1315年)覚慧の筆になり、一山一寧の賛をもつ。径山寺味噌や普化尺八を宋から日本にもたらした禅僧をしのぶ、鎌倉時代の重要文化財である。
高野山の麓、女人高野とも呼ばれる慈尊院に伝わる平安時代後期の弥勒菩薩独尊画像。光背に兜率天四十九院を表す四十九の化仏を配し、截金で繊細に荘厳される。平安にさかのぼる唯一の弥勒独尊画として知られる重要文化財である。
和歌山県かつらぎ町に伝わる高野枡は、応永3年(1396)の年紀と高野山三沙汰人の刻銘をもつ年貢収納枡。官省符荘の検注に際して定められた金伏枡で、製作年が判明する現存最古の判枡として中世量制史に重要な位置を占める。
高野山奥之院の経蔵に納められた高麗版一切経。版本6027帖と写本258帖、計6285帖の朝鮮渡来の仏典群で、慶長4年(1599年)に石田三成が亡き母の菩提を弔って奉納した。回転式の輪蔵とともに戦国末の祈りの跡をとどめる。
和歌山県紀美野町の野上八幡宮に伝わる、鎌倉時代の備前長船派の名工・真長による重要文化財の太刀。長船三作の一人として名高い真長の優美な作風と、当時の拵が共に伝わる希少な一振です。
和歌山県の高野山・龍光院に伝わる重要文化財「厨子入倶利伽羅竜剣」をご紹介します。剣に黒龍が巻きつく密教の聖剣を専用の厨子に納めた一具で、弘法大師空海が天長元年(824年)の神泉苑における雨乞いに用いたとの寺伝を持つ聖宝。倶利伽羅竜剣の象徴、厨子の荘厳、空海と龍にまつわる伝説、高野山霊宝館での公開情報、周辺の見どころまで、英語版・日本語版の両方で詳しくご案内します。
高野山大学を擁する高野山学園が蔵する、密教三部経の古写経三巻。大日経・金剛頂経・蘇悉地経からなり、奈良から平安にさかのぼる。行間には朱や白の珍しい訓点が加えられ、日本語の歴史を裏づける国語史資料としても貴重な重要文化財である。
高野山の別格本山・竜光院に伝わる重要文化財。真言密教の根本経典『大日経』を平安後期の康平元年に書写した貴重な一巻で、空海の伝えた教えの核心に近く、一字ずつ写経することに込められた信仰のかたちを今に伝える。
室町時代に因幡国で活動した刀工景長による太刀で、細直刃を焼く。享保6年、八代将軍徳川吉宗が祖父頼宣の五十回忌に紀伊国内の神社へ納めた一口で、和歌山県有田市の須佐神社に社宝として伝わる。糸巻太刀拵を附す。
鎌倉時代に肥後国で活動した延寿派の刀工国時による太刀で、中直刃を焼き、地鉄に白気がかかる。享保6年、八代将軍徳川吉宗が祖父頼宣の五十回忌などに際して紀州東照宮へ奉納した一口で、現在は和歌山県立博物館に寄託されている。
茎に「国広」と銘を切る桃山時代の太刀で、一般に新刀期を代表する堀川派の祖堀川国広の作とされる。高野山金剛峯寺が所有し、正阿弥常吉作の沃懸地蒔絵太刀拵金具を附す。高野山霊宝館で特別展などの折にときおり公開される。