三重県・昭和
Shōwa三重県 の昭和時代(1926 – 1989)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
三重県志摩市の英虞湾を見下ろす高台に建つ旧猪子家住宅主屋は、保険会社を退いた猪子彌平が昭和9年に建てた木造平屋建。入母屋の玄関と台所部が張り出し、座敷飾りの和室と漆塗格天井の洋間が同居する。2018年に国の登録有形文化財となった。
三重県名張市の旧喜多藤艶秀亭は、昭和7年に料亭旅館の敷地東端に建った離れの客室棟。和室4室と洋室の各室に独立した玄関を設け、窓の意匠を部屋ごとに変える。外壁は腰を割竹張、上部を色土とする。2021年に登録有形文化財。
三重県名張市の旧喜多藤大広間棟は、昭和11年に建った料亭旅館の宴会棟。1階は座敷と中国風意匠を交えた洋風ダンスホール、2階は折上格天井と色漆喰壁の44畳大広間で、川側を掃出の開口とする。2021年に登録有形文化財。
三重県名張市の旧喜多藤皐月寮は、昭和11年に料亭旅館の翠明荘へ接続して建てた茶室。四畳大で炉を切らず、西面一間半を床構えとし、皮付の曲材の床柱や角竹で変化を付ける。天井は網代と竹竿縁に張り分ける。2021年登録。
三重県名張市の旧喜多藤翠明荘は、昭和11年に料亭旅館の居宅として建った平屋。入母屋造桟瓦葺の軒先を銅板葺とし、客間書院に格狭間形の下地窓、渡り廊下の袖壁に半円の切り欠きを設ける。2021年に登録有形文化財。
旧料理旅館九重別館は伊賀市上野西日南町の旧料理旅館九重にある昭和24年頃の離れの小座敷。座敷2室にそれぞれ玄関を構え、青瓦や乱形石、タイルを用いた新興数寄屋風の意匠で仕上げる。2018年に登録有形文化財。
旧料理旅館九重門及び塀は伊賀市上野西日南町の旧料理旅館九重が南北の通りに向けた昭和18年頃の表構え。切妻造の低い棟門に割竹の袖塀を付け、中塗仕上の塀と南境の大和塀が続く。2018年に登録有形文化財に登録。
三重県松阪市飯南町深野の佐野家住宅小蔵は、昭和前期の土蔵造平屋建。桁行4.8メートル梁間1.5メートル、建築面積7.2平方メートルの道具蔵で、平成25年に登録有形文化財となった。個人所有のため非公開で、公道からの見学に限られる。
三重県桑名市の寿量寺に建つ旧大黒殿は、昭和10年頃の鉄筋コンクリート造。ヴォールト状の屋根に唐破風の向拝を組み合わせ、縦溝を刻んだ角柱が受ける。昭和20年の空襲で焼け残った二棟の一棟で、平成25年に国の登録有形文化財となった。
三重県桑名市の寿量寺境内南方に建つ鐘楼。方一間・宝形造ながら柱間上部をアーチで繋ぎ、洗い出しで文様を付ける。昭和10年頃の鉄筋コンクリート造で、地域の技術史を示す一棟として平成25年に国の登録有形文化財となった。
三重県亀山市白木町の白川小学校校舎北棟は、昭和29年竣工の木造平屋建校舎。中庭を挟んで南棟と平行に建ち、三本の渡廊下で結ばれる。北に廊下、南に教室を並べ、平成21年に登録有形文化財となった今も児童35名が通う。
三重県亀山市白木町の白川小学校校舎南棟は、昭和29年竣工の木造平屋建校舎。桁行58メートルの切妻造桟瓦葺で、正面中央に千鳥破風と玄関ポーチを構える。平成21年に国の登録有形文化財となり、今も児童35名が学ぶ現役の校舎である。
三重県志摩市の大王埼灯台は、昭和2年(1927年)に点灯した高さ23メートルの鉄筋コンクリート造の灯台。外径4.2メートルの円筒形の灯塔に、扇形の列柱と古典主義風の入口をもつ付属舎が付く。上ることもできる。
三重県志摩市の大王埼灯台門柱及び塀は、昭和2年(1927年)に灯台の周囲に築かれた鉄筋コンクリート造の門柱と塀。塀は地形に合わせて海側へ張り出しながら延長105.3メートル続き、門柱はモルタル洗出し仕上げとする。
三重県津市垂水の千歳文庫。川喜田半泥子が昭和5年に家蔵品を収めるため千歳山の自邸に建てた鉄筋コンクリート造4階建の収蔵庫で、設計は前田健二郎。高床・二重壁・二重窓を備え、今も石水博物館の収蔵庫として使われる。
三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)稲荷社は、昭和44年頃に屋敷の南蔵の西へ南面して建てられた屋敷社。切妻造妻入の覆屋に一間社流見世棚造の祠を納め、覆屋の背面の壁には狐が通うための孔を開ける。令和3年登録。
三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)内門、内塀及び通用門は、昭和6年頃に屋敷の主庭の東を囲った塀と門。総延長31メートルの内塀は北半を銅板葺、南半を瓦葺とし、北端に内門、南端に通用門を開く。令和3年登録。
三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)女中部屋は、昭和3年の平屋建の家事棟。東半に六畳の女中部屋、西の落棟に土間の家事室を置き、氷式冷蔵庫が残る。東妻は寄棟造、西は切妻造とし、東面に出格子窓を付ける。令和3年登録。
三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)正門及び石積は、東側の道路に開く屋敷の表構え。昭和6年頃の野面積の石積が総延長42メートル続き、昭和44年頃の鉄筋コンクリート造の門柱を間口3.6メートルに立てる。令和3年登録。
三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)外塀及び通用門は、昭和6年頃に敷地の北辺を閉じた延長26メートルの木造瓦葺の塀。切石の上に柱を立てて腕木で屋根を受け、途中を凹ませて格子戸の通用門を設ける。令和3年登録。