三重県・大正
Taishō三重県 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
三重県四日市市富州原町の旧東洋紡績富田工場原綿倉庫。東洋紡績最大規模の工場で原綿を保管した大正期の煉瓦造平屋建で、切妻造の庫室5棟が一体となり5つの妻面を並べる。跡地のショッピングセンターに飲食店として残る。
三重県四日市市千代田町の旧平田家住宅西蔵は、大正期に主屋の北西寄りに建てられた土蔵造2階建の家財蔵。桁行8.5間の長大な蔵で、花崗岩亀甲積の基礎に建ち、主屋側の腰を海鼠壁とする。2015年に登録有形文化財となった。
三重県四日市市千代田町の旧平田家住宅東蔵は、大正期に主屋の北に建てられた土蔵造2階建の家財蔵。建築面積17平方メートルと7件で最も小さく、南面の出入口に庇を付け、内部は1階を板壁、2階を漆喰壁とする。2015年登録。
三重県四日市市千代田町の旧平田家住宅門柱は、大正12年ごろに屋敷の南の入口に建てられた花崗岩の門。高さ4.0メートルの本柱2本と2.8メートルの脇柱2本からなり、柱頭のコーニスの下に雷文を刻む。2015年に登録有形文化財。
旧料理旅館九重本館は伊賀市上野西日南町にある大正13年頃の町家を改修した料理旅館の母屋。東西の通りに町家の外観を残し、南北の通りでは前庭付の屋敷風に構える。昭和18年頃に一部3階建を増築、2018年登録。
三重県津市一身田町にある下津家住宅珂雪園は、当主の接客用に建てられた大正11年の離れ。一五畳半と一〇畳からなる主棟に三畳の上段とトコを備え、西側に四畳の茶室延庵を配す。平成26年に登録有形文化財となった。
三重県津市一身田町にある下津家住宅外待合は、珂雪園の主座敷南東側に庭を挟んで建つ大正11年頃の小建築。壁付と独立の腰掛を併せ持つ特異な形式で、軸部は丸太を主材として数寄屋風にまとめる。平成26年に登録された。
波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の屋敷の奥、主屋の北西に建つ大正元年(1912年)の家財蔵。土蔵造2階建の南正面に数寄屋風の蔵前座敷を付け、人目に触れる南面の腰だけを海鼠壁、他の三面を下見板張で仕上げる。
波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の屋敷で、街道南側の敷地に建つ大正期の納屋。切妻造桟瓦葺の2階建で、東向きの正面を真壁の漆喰塗とし、出格子付きの窓と二階の虫籠窓を設ける。側面と背面は下見板張として仕上げを分ける。
伊賀焼窯元・長谷園の敷地内通路沿いに建つ大正期の木造平屋の工房。竪板張の外壁に白い妻壁、南面の柱間をすべて窓にした一室の作業場で、ろくろに動力を伝えた機械の一部が残る。2015年に登録有形文化財。外観の見どころも紹介。
伊賀焼窯元・長谷園の工房の区画の奥に建つ大正期の大型工房。建築面積233平方メートルのL字形平面を5室に分け、キングポストトラスを方杖と火打梁で固めて広い梁間を支える。2015年に登録有形文化財。構造と見学の可否を解説。
伊賀焼窯元・長谷園で通りの東側に延びる桁行25メートルの明治期の作業棟。登り窯の薪置場や釉薬の試験に使われ、内壁に荷摺木が残る。2015年に登録有形文化財。いまの名は陶芸教室に由来し、教室の予約条件と料金も紹介する。
伊賀焼窯元・長谷園の旧事務所で、山裾の高い石垣の上に建つ大正後期の木造平屋。半切妻の屋根に大きな窓、南の入口にアーチ形の庇を付ける。2011年に登り窯とともに登録有形文化財。いまは休憩スペースとして中に入れる。
伊賀焼窯元・長谷園の敷地西端に建つ大正期の木造2階建で、もとは隠居部屋。入母屋造の主体部に和室を備え、玄関脇の洋間はパラペットに洋瓦を葺きベイウィンドウを開く。茅葺の主屋と対照をなす。2015年に登録有形文化財。
伊賀焼窯元・長谷園の住まいを囲む三つの門と総延長106mの土塀。主屋正面の四脚門の表門、別荘正面の瀟洒な腕木門の西門、銅板葺の中庭門からなり、腰を竪板張として建物と景観をそろえる。2015年に登録有形文化財。
中森家住宅離れは三重県伊賀市上野玄蕃町にある大正前期の座敷棟。主屋の北西に渡り廊下でつながり、六畳二室に縁側を廻らす。西室のトコ、棚、付書院は軽やかで、武家住宅の近代における変容を示す。平成26年登録、非公開。
三重県紀北町の古里歩道トンネル(旧海野隧道)は、熊野街道の改修で大正3年(1914年)に造られた延長208メートルの煉瓦造の隧道。盾状の迫り石で縁取った坑門と、ガス灯の道具を収めるニッチを残す。今も通行できる。
三重県松阪市の松阪市文化財センター。大正12年に鐘淵紡績松阪支店の原綿倉庫として建てられた長さ約74メートルの煉瓦造の倉庫で、イギリス積みの長大な外観を残す。市が改修してギャラリーなどに使い、国宝の埴輪も保管する。
三重県四日市市東坂部町の三重郷土資料館。大正5年に三重村役場の書庫として建てられた黒漆喰仕上げの土蔵造2階建で、昭和51年に地元の尽力で移築された。北面の大窓と鉄扉、「三重」の鬼瓦が役場の歴史を伝えている。
三重県尾鷲市の見世土井家住宅北通用門及び土塀は、屋敷北辺に建つ大正期の構え。間口1.8mの腕木門は切妻造桟瓦葺で、背面に控えを立て、袖塀と潜戸を備える。東に延長23mの土塀が続き、北側道路の伝統的な街路景観をつくる。