奈良県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 奈良県奈良県に所在する重要文化財。
奈良市西ノ京、薬師寺の鎮守である休岡八幡宮に建つ若宮社社殿。慶長8年(1603)再建の本殿より三世紀ほど古い鎌倉時代後期の建築で、一間社春日造・檜皮葺。大正2年(1913)に重要文化財へ指定された、境内最古の社殿です。
奈良市東部、柳生へ続く道沿いの山里に建つ八阪神社本殿。室町後期の一間社流造で、檜皮葺が多いこの形式にはめずらしい厚板段葺の屋根を持つ重要文化財。かつて同じ集落にあった大慈仙寺の鎮守社と伝わり、無人・無料で外観を見学できる。
奈良県吉野山の斜面に建つ吉水神社書院は、書院造の初期の姿を残す重要文化財。源義経が潜居し、後醍醐天皇が行宮とした建物で、玉座の間は豊臣秀吉により桃山風に改められた。世界遺産の構成資産でもある一棟を紹介する。
来迎寺宝塔は奈良県奈良市来迎寺町の来迎寺にある延慶3年(1310年)の石造の宝塔で、重要文化財。鎌倉時代後期の年代が明らかな石造の宝塔として、昭和29年(1954年)3月20日に重要文化財に指定されている。
律学院本堂は法隆寺東大門の外に建つ子院・律学院の本堂で、寛永4年(1627年)に建てられた国の重要文化財である。聖霊院に酷似した妻入の形式、唐破風付きの厨子、評価された部材と意匠、見学の仕方を解説する。
霊山寺三重塔は、奈良市中町の霊山寺に建つ三間三重塔婆で、明治32年に重要文化財に指定された。総高17メートルの檜皮葺の小塔で、建立年は文化庁が1356年、寺が1283年頃とし、建立年代の見解が分かれている。
霊山寺鐘楼は、奈良市中町の霊山寺にある室町時代中期の鐘楼で、昭和18年に重要文化財に指定された。袴腰付の入母屋造、檜皮葺の一間四方の建物で、寛永21年(1644年)に鋳造された銘文入りの梵鐘を吊っている。
蓮長寺本堂は奈良県奈良市油阪町にある承応2年(1653年)の日蓮宗寺院の本堂で、重要文化財。前面を吹き放しとし、その部分にも彩色を施し、天井に天女・龍・鳳凰などを描く華やかな本堂で、主要部に改造が少ない。
和爾下神社本殿は奈良県天理市櫟本町にある慶長年間(1596〜1615年)の神社の本殿で、重要文化財。桃山時代の桁行三間・梁間一間の切妻造で、向拝一間を付けて屋根を檜皮で葺く。昭和13年(1938年)に指定された。
奈良・興福寺に伝わる重要文化財「絹本著色二天王像」は、鎌倉時代に絹地に描かれた仏画で、本来は四天王の一具として制作されながら、現在は二幅のみが現存する貴重な作品です。1180年の南都焼討後の興福寺復興期に、南都絵所の絵師たちが奈良時代の古典に範をとりつつも鎌倉新様式の萌芽を示した名品で、復興の精神そのものを体現しています。通常は非公開で、特別展などの限られた機会に拝観できます。
奈良・法隆寺に伝わる重要文化財「絹本著色星曼荼羅図」は、平安時代に絹本に描かれた円形四重院の星曼荼羅です。中央に釈迦金輪を配し、周囲を北斗七星・九曜・十二宮・二十八宿が同心円状に取り巻く宇宙地図のような仏画。インド・中国・ギリシャ起源の天体観が一幅に結晶した、密教北斗法の本尊画像をご紹介します。
東大寺戒壇院の千手堂に伝来する、厨子入の木造千手観音立像と木造四天王立像(計5躯)の重要文化財。鎌倉時代後期、文永6年(1269)頃、律僧・円照による千手堂創建にあわせて造立されたとみられ、奈良で活動した仏師集団・善派の作風を顕著に示します。室町時代以降は秘仏として厨子内に納められ、当初の彩色や切金文様、別製の銅製装身具をきわめて良好な状態で今日に伝えています。
奈良市菩提山の正暦寺に伝わる重要文化財「増壱阿含経 巻第三十(善光朱印経)」は、八世紀・天平宝字三年(七五九年)頃に書写された奈良時代後期写経の名品。法華寺寺主の尼善光が発願した一切経書写事業の遺品とされ、巻末の朱印と詳細な奥書が当時の写経所運営を伝えます。創建千年を超える山寺・正暦寺の歴史と紅葉の名所「錦の里」、日本清酒発祥の地としての魅力もあわせて紹介します。
奈良県吉野町の阪本龍門文庫が所蔵する重要文化財「日本感霊録抄」。元興寺の僧義昭が編んだ平安初期仏教説話集の散逸を免れた唯一の伝本で、久安3年(1147)の書写本。日本霊異記の系譜を継ぐ霊験譚の世界をたどる旅へ。
奈良県田原本町の唐古・鍵考古学ミュージアムに展示される国の重要文化財「埴輪牛」をご紹介します。明治30年に羽子田1号墳から出土した6世紀前半の貴重な動物埴輪で、全国でも9例ほどしか確認されていない希少な作品です。