奈良県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 奈良県奈良県に所在する重要文化財。
奈良県橿原市に佇む久米寺多宝塔は、京都仁和寺から移築された重要文化財。江戸時代初期の禅宗様建築と空飛ぶ仙人・久米仙人伝説が織りなす、知られざる古都の名建築をご紹介します。
室町時代の連歌師・二条良基が後光厳天皇の命で著した連歌入門書『撃蒙抄』。天理大学附属天理図書館が所蔵する現存最古の写本は重要文化財に指定されています。本記事では、その文化的価値、見どころ、アクセス情報をご紹介します。
近江御息所歌合は、醍醐天皇の更衣とされる近江御息所が催した和歌の歌合を記す巻子一巻である。左右に分かれて歌を競い、判者が勝負を定めた次第を留め、平安の宮廷文化と仮名の書を今に残す重要文化財として、昭和四十年に指定された。
奈良市の般若寺に立つ笠塔婆は、弘長元年(1261)に石工の伊行吉が父母のために建てた花崗岩の石塔二基。東大寺再建に渡来した父・伊行末の一族の作で、紀年銘をもつ基準作例として明治42年に重要文化財に指定された。
奈良県の個人が所蔵する花鳥文磬は、平安時代に鋳造された青銅製の磬である。磬は法要で導師の脇に懸け、撞木で打って合図とする打楽器で、本品は中央の撞座の左右に花と鳥の意匠をほどこす。昭和28年に重要文化財に指定された一面である。
昭和2年、元興寺東塔の心礎周辺から出土した金延板・勾玉・玉類・銅銭の一群。和同開珎から神功開宝までを含み、塔の建立時に納められた奈良時代後半の鎮壇具と考えられる。塔は安政6年に焼失し、品々は奈良国立博物館に収蔵されている。
奈良県の個人が所蔵する重要文化財「紀氏系図」は、古代豪族・紀氏の系譜を墨で記した南北朝時代の一巻。紙の裏面には観応2年(1351年)の仮名暦と1350年代の文書が残り、一枚の紙が二重の史料となっている。
宝暦元年、彭城百川が多武峰の旧慈門院の四室に描いた紙本淡彩の山水四十一面。墨の濃淡と強い陰影で奥行きを立てた、画家晩年の基準作である。初期南画の一方向を示す作として、現在は奈良国立博物館に寄託。もとの座敷は非公開。
奈良県の個人が所蔵する重要文化財、孔雀文磬。承元二年(一二〇八年)の鋳出銘をもつ鎌倉時代の銅磬で、八葉複弁の撞座の左右に向かい合う孔雀を配す。翌年につくられた国宝・孔雀文磬と同工と見られる、在銘の貴重な基準作である。
奈良県に所在する絹本著色一字金輪曼荼羅図は、息災と敬愛を願う密教の秘法・一字金輪法の本尊として描かれた鎌倉時代の重要文化財。個人蔵で一般公開はないが、同じ画題の平安期の優品は奈良国立博物館で拝観でき、e国宝でも見られる。
奈良国立博物館が保管する黒漆平文冠笥は、平安時代十二世紀の漆箱である。銀と金の薄板を漆地と同じ高さに収める平文で飾り、春日大社の神宝として大東家に伝わった。蓋は安政の地震で失われたが、平安漆工を知る貴重な遺品として残る。
尾形乾山作の重要文化財。半筒形の茶碗の一方に滝の景と樹木・楼閣を、他方に滝を詠んだ賛を、いずれも乾山自身の太い筆で銹絵で描く。画と詩がひとつに溶けあった代表作で、京都の福井家に伝来し、現在は個人が所蔵する。
粘土を型で抜いて焼いた板仏、三尊甎佛。中央の如来と左右の脇侍を浅い浮き彫りであらわす。明治三十四年という早い指定の意味と、唐の様式を映す価値、塼仏の見どころ、そして同種の作例を実際に見られる場所をあわせて解説する。
奈良県に伝わる個人蔵の太刀。鎌倉時代後期、京都の来派を代表する刀工・来国俊が元応元年(1319年)八月に鍛えた一口で、細身の姿に冴えた細直刃を焼く晩年の作風を示す。昭和30年に重要文化財へ指定された。
奈良県天理市の石上神宮に伝わる二枚の鉄盾は、墓に副葬されず神庫で地上に受け継がれた古墳時代の伝世品です。鍵手文を施した鉄板製の大型の盾で、初期日本の防具の構造を今に実見できる希少な重要文化財として知られます。
飛鳥の岡寺に伝わる天人文甎は、一辺約三十九センチメートルの方形の焼き物。両手で領巾をかかげ天を仰ぐ天人を浮き彫りにする。文様を施した甎の遺品は国内でもきわめてまれで、現在は京都国立博物館に寄託される重要文化財である。
奈良県斑鳩町・法隆寺に伝わる重要文化財「木造一万節塔(蓮座付)」は、奈良時代に称徳天皇が発願した百万塔事業のなかで、一万基ごとの節目に造られた七重の特別な小塔。蓮座を伴い、現存するのは世界でこの一基のみという希少な文化財です。世界最古級の印刷物・百万塔陀羅尼とともに、奈良時代の信仰と高度な木工技術を今に伝えます。大宝蔵院で拝観可能です。
奈良県斑鳩町・法隆寺に伝わる「木造十万節塔(残欠蓮座付)」は、奈良時代後期に称徳天皇が発願した百万塔造立事業のなかで、十大寺へ一基ずつ分置された十三重塔の唯一の現存例です。藤原仲麻呂の乱の鎮定後、戦死者供養と国家鎮護を祈念した壮大な事業の頂点に位置づけられ、世界最古級の印刷物である陀羅尼経とともに重要文化財に指定されています。
奈良県斑鳩町の法隆寺・大宝蔵院に伝わる木造百万小塔は、天平宝字8年(764)の恵美押勝の乱の戦没者を弔うため称徳天皇が発願し、宝亀元年(770)に完成した百万基の小塔の一群です。手のひらに収まる三重の小塔の中には世界最古の年紀をもつ印刷物「百万塔陀羅尼」が納められており、奈良時代の信仰と高度な木工・印刷技術を今に伝える重要文化財です。
奈良県の個人宅に伝わる重要文化財「紙本著色天台岳中石橋図〈襖貼付六〉」は、江戸中期の南画家・彭城百川(1697–1752)が宝暦元年(1751)に制作した最晩年の傑作です。中国・天台山の天然石橋と五百羅漢伝説を描き、襖六面に展開する大画面の彩色画は、廃絶した塔頭・慈門院に伝来した全41面の障壁画群「旧慈門院障壁画」の一画をなします。日本南画黎明期の最重要作例として、日本人画家が中国南宗画と建築空間をいかに融合させたかを示します。