奈良県の国 宝
National Treasures of 奈良県奈良県に所在する国宝。
国宝「一字蓮台法華経〈普賢勧発品〉」は、経文の一字ごとに蓮の台座と金の円光を描き添えた、平安時代後期を代表する華麗な装飾経です。金銀箔・野毛・砂子をちりばめた料紙と、吹抜屋台で法要を描いた見返し絵が美しく、1952年に国宝指定。奈良市学園前の大和文華館(近鉄グループホールディングス所蔵)に伝わります。
南宋の宮廷画家・李迪が描いた国宝「帰牧図(騎牛)」。雪道を行く牛と牧童を色紙ほどの絹に精緻に表した双幅の名品で、奈良市の大和文華館が所蔵する。両幅に潜む隠し落款や、東山御物と伝わる伝来の歴史も見どころ。
国宝「紙本金地著色風俗図」、通称松浦屏風は、金地に等身大の遊女18人を描いた江戸前期の屏風一双。22領の小袖やカルタ、ロザリオの描写、平戸松浦家伝来の経緯、奈良・大和文華館での鑑賞のポイントを紹介する。
奈良国立博物館が所蔵する国宝「絹本著色十一面観音像」は、平安時代12世紀に描かれた絹本仏画の最高傑作です。現存する絹本著色の十一面観音像のなかで最古級に位置づけられ、密教図像にしては珍しい斜め向きの構図、繊細な截金文様、宋から伝わった新意匠など、平安貴族文化の精華を今に伝えています。1992年に国宝に指定された本図の見どころ、歴史、拝観情報をご案内します。
奈良国立博物館に伝わる国宝《牛皮華鬘》は、京都・東寺旧蔵の平安時代11世紀の仏具。牛皮を透彫し、表裏に彩色と截金を施した団扇形の荘厳具で、迦陵頻伽や宝相華唐草をあらわします。ほぼ原形を留める13枚が一括で伝わり、団扇形の革製華鬘としては日本最古の遺例です。
奈良国立博物館が所蔵する国宝「蓮唐草蒔絵経箱」をご紹介します。平安時代後期に制作され、獣皮に漆を塗り固めた希少な「漆皮製」の経箱で、金粉と青金粉を蒔き分けた研出蒔絵による蓮唐草文と飛蝶文が、王朝文化の粋を今に伝えます。福井・神宮寺に伝来した逸品です。
奈良市の平城宮跡から出土した木簡3,184点は、2017年、木簡として史上初の国宝に指定されました。編纂された史書では知り得ない奈良時代の行政・経済・日常生活を伝える同時代史料として、世界遺産「古都奈良の文化財」構成資産の地下から蘇った古代日本の肉声を、平城宮跡資料館でご体感ください。
奈良県五條市の吉野川のほとりに建つ榮山寺八角堂は、天平宝字四〜八年(七六〇〜七六四年)に藤原仲麻呂が亡父・武智麻呂の追善供養のために建立した国宝建築です。法隆寺夢殿と並び奈良時代の八角円堂として現存する数少ない遺構で、内陣には天平時代の極彩色装飾画も残ります。建立から千二百五十年余、一度も焼失することなく今日まで伝えられてきた貴重な祈りの空間です。
奈良市忍辱山町の古刹・圓成寺に伝わる国宝、春日堂・白山堂をご紹介します。安貞二年(一二二八年)に春日大社から寄進された二棟の小さな社殿は、現存する春日造社殿として日本最古の遺構です。鎌倉時代前期の建築意匠を今に伝える、双子のような朱塗りの社殿の魅力と、その歴史的背景、拝観方法を詳しく解説します。
奈良市法華寺町の海龍王寺西金堂に安置される国宝「五重小塔」。相輪を含む高さわずか4.01mながら、工芸品ではなく建造物として国宝に指定された国内最小の五重塔です。光明皇后宮内に残る唯一の天平時代建造物として、薬師寺東塔に類似する建築様式を今に伝える貴重な奈良時代建築の遺例であり、創建当初から約1,300年にわたり同じ西金堂の中で守り継がれています。
奈良市ならまちに建つ国宝・元興寺極楽坊本堂。寛元2年に僧坊を改築した鎌倉時代の建築で、西流れの屋根には前身の飛鳥寺から運ばれた日本最古級の行基葺古瓦が今も残る。智光曼荼羅を祀り、南都の浄土信仰発祥の聖地として知られる東向きの堂。
奈良県吉野郡吉野町の金峯山寺二王門は、室町時代の康正2年(1456年)に再建された三間一戸の巨大な二重門です。棟高20.3メートルに達し、日本屈指の山門として国宝に指定され、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の中核資産にも数えられています。本堂(蔵王堂)と背を向け合う北向きの配置には、京都や大坂から吉野を目指した巡礼者を迎える意味があります。現在は約70年ぶりの解体大修理中で、令和10年(2028年)度の完成を目指しています。
奈良県吉野山にそびえる金峯山寺本堂(蔵王堂)は、総高約34メートルの日本第二の木造古建築。修験道の総本山として日本最大級の秘仏・蔵王権現三尊を安置し、国宝および世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の中核資産に登録されています。桃山時代の大建築の迫力と、山岳信仰の霊気が交わる唯一無二の空間を、その歴史・建築・見どころとともにご紹介します。
奈良県奈良市にある興福寺五重塔は、天平2年(730)に光明皇后の発願で創建された国宝。現在の塔は応永33年(1426)の再建で高さ50.937m、木造塔として日本で二番目の高さを誇ります。古都奈良を象徴するランドマークであり、令和4年から大修理が進められています。
奈良市登大路町の興福寺境内に静かに佇む三重塔は、康治2年(1143)皇嘉門院聖子の発願により創建され、治承4年(1180)の南都焼打で焼失したのち鎌倉時代前期に平安様式を忠実に踏襲して再建された国宝建築です。高さ約19メートル、木割の細やかさと優美な輪郭、そして四天柱をX状に結ぶ板に描かれた四千体の千体仏など、他に類を見ない内陣装飾を持ち、毎年7月7日の弁才天供の日のみ一般に公開されます。
奈良市の興福寺境内に建つ東金堂は、神亀3年(726)に聖武天皇が叔母・元正太上天皇の病気平癒を祈願して創建したお堂です。応永22年(1415)に再建された現在の建物は、唐招提寺金堂を手本に天平様式を復古した室町時代和様の代表作で、昭和27年に国宝に指定されました。堂内には維摩居士坐像・文殊菩薩坐像・十二神将立像・四天王立像など多くの国宝仏像と、薬師三尊像(重要文化財)が安置されており、世界遺産「古都奈良の文化財」を構成する貴重な建造物として奈良時代の面影を今に伝えています。
奈良・興福寺の西北隅に佇む国宝・北円堂は、藤原不比等の一周忌のために養老5年(721)に建てられ、承元4年(1210)頃に鎌倉様式で再建された八角円堂です。三手先斗栱と三軒の軒、六角断面の地垂木など他に類を見ない意匠を備え、日本一美しい八角円堂と讃えられます。運慶一門作の弥勒如来坐像や無著・世親菩薩立像など国宝仏を安置し、春秋の特別開扉の時期に堂内を拝観できます。
當麻寺東塔は奈良時代末期建立の三重塔で、総高24.4メートル。二重・三重を二間とする例は古塔で唯一とされ、八輪の相輪と魚骨形の水煙という特異な意匠をもつ。古代の東西両塔がそろう国内唯一の遺構として国宝に指定されている。
奈良県葛城市・二上山の麓に建つ當麻寺本堂(曼荼羅堂)は、平安時代後期の永暦二年(1161年)に現在の姿となった和様建築の国宝。奈良時代後期の内陣を核に平安末期の外陣を架けた重層的な構造で、堂内には国宝の厨子に納められた当麻曼荼羅が安置されます。中将姫伝説ゆかりの名刹で、花の寺としても知られます。
奈良県生駒市に佇む真言律宗・長弓寺の本堂は、鎌倉時代後期の弘安二年(1279年)に建立された国宝建築です。和様を基調に大仏様の要素を取り入れた「新和様」の代表作で、密教本堂としての優れた空間構成と、檜皮葺の優美な姿を今に伝えています。棟木銘により建立年代が明確にわかる貴重な遺構でもあります。