奈良県・江戸
Edo奈良県 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
奈良県吉野町山口の上田家住宅主屋は、安永2年(1773年)建立の大庄屋屋敷である。竜門岳の南麓に南面して建ち、入母屋造茅葺の大屋根の下に土間の式台や突止溝など古式を残す。年代の確かな民家として2025年に国の登録有形文化財となった。
上田家住宅蔵は、奈良県吉野町山口で大庄屋をつとめた家の文書蔵である。江戸後期の土蔵造二階建で、置屋根形式の桟瓦葺と掛子塗扉、窓の少ない堅牢な構えが紙を火と湿気から守る。2025年に国の登録有形文化財となった。
奈良県斑鳩町龍田の太田酒造の中庭に建つ江戸末期の小さな土蔵。腰を海鼠壁で装い、入口廻りに額縁を回すなど丁寧に仕上げられ、家の貴重品を納めた。その手仕事の質が登録の理由となっている。
奈良県斑鳩町龍田の太田酒造で、もとカマヤと内蔵を結ぶ江戸末期の南北に長い建屋。中庭側の西面を吹放ちの通路とし、東面は敷地の東塀を兼ねる。屋敷構を束ねる連結の建築として平成十三年に登録された。
奈良県斑鳩町龍田の造り酒屋・太田酒造の主屋。屋根の瓦銘から文政十二年(一八二九)と建立年が判明し、この地方の町家を編年する基準的な一棟とされる。今も銘酒「初時雨」の蔵元の店舗として使われている。
奈良県斑鳩町龍田の太田酒造に残る江戸末期の茶室。主屋の奥、中庭を隔てて建つ床付き三畳台目の小間で、西面に躙口を開き、南の土庇が待合を兼ねる。酒屋が茶室を構えたことに当家の財力がうかがえる。
奈良県橿原市小槻町の岡橋家住宅離座敷は、登録15棟で最も古い江戸末期の離れ座敷。主屋の北に南面し、前庭と北の作業庭を分ける。4室を並べ、西端の座敷は床差の竿縁天井とする。令和2年に登録有形文化財となった非公開の建物。
奈良県橿原市北八木町の商家の屋敷の北西隅に、主屋より前へ張り出して建つ江戸後期の土蔵。桁行11メートルの2階建で、白漆喰の壁の南面と西面の腰に竪板を張る。古道・下ツ道の角地で町並みを締める。平成21年登録。
奈良県橿原市北八木町の商家の屋敷の奥、隠居所の後方に坪庭を挟んで建つ江戸末期の小さな土蔵と渡り廊下。柱間に建具を入れない銅板葺の廊下が、坪庭と主屋の裏庭をゆるやかに隔て、良質な庭空間をつくる。平成21年登録。
奈良県橿原市北八木町、下ツ道に面して建つ江戸後期の大型商家の主屋。桁行20メートル、梁間12メートル、通り土間に3列9室の居室を並べ、木太い格子と漆喰塗込の低い軒が重厚な表構えをつくる。平成21年登録。
奈良県橿原市北八木町の商家の屋敷で、下ツ道に面した西辺の南端に開く江戸末期の腕木門。隠居所への出入口で、間口1.7メートル、正面に潜戸付き格子戸、背面に両開き板戸を立て、内法に吹寄せの襷を入れる。平成21年登録。
奈良市多門町の河瀬家住宅の表門。東大寺の子院・薬師院の門を昭和17年(1942年)頃に移したもので、間口2mの一間棟門に本瓦葺の切妻屋根を載せる。移築時に軒の垂木や蔀戸古材の天井に手が入り、数寄屋風の表情をもつ。
奈良市多門町の旧武家住宅の主屋。東半の土間と床上部が安政3年(1856年)、西半の座敷・茶室と南面の応接室は昭和17年(1942年)の増築で、古材を織り込んだ数寄屋風の意匠が評価され2006年に登録された。
奈良市多門町の河瀬家住宅にある江戸後期の土蔵。1辺約4mの方形平面の土蔵造2階建で、南に蔵前の庇、東・北面に鉤の手の庇をめぐらし、正面の漆喰塗りがよく残る。昭和17年(1942年)に曳家され、2006年に登録。
奈良市多門町の河瀬家住宅にある江戸後期の土塀。延長58mで主屋の南面を東西に走り、西端で北へ折れて土蔵の西面を区切る。桟瓦の小屋根を載せ、傾斜地の西辺では階段状に段を付けて続く。平成18年(2006年)に登録された。
奈良市高畑町の菊水楼の正門で、圓成寺の塔頭から明治時代に移したと伝わる江戸時代の薬医門。本瓦葺で間口2.4メートル、春日大社の一の鳥居に突き当たる三条通に面して建つ。2000年に登録有形文化財となった。
奈良市高畑町の菊水楼で本館の玄関脇に建つ江戸時代の薬医門。表門と同じく圓成寺の塔頭から明治時代に移したと伝わり、間口1.9メートル・桟瓦葺と一回り小さい。旧本館北側の庭を仕切る門で、2000年に登録有形文化財となった。
旧慈門院客殿及び庫裏(陶原家住宅主屋)は奈良県桜井市大字多武峰に建つ江戸中期の建物。3列6室の客殿と庫裏を一棟に納め、屋敷5件で唯一「造形の規範となっているもの」を基準に登録された。書院の襖絵41面の行方もあわせて記す。
旧慈門院小座敷及び土蔵(陶原家住宅小座敷及び土蔵)は奈良県桜井市大字多武峰に建つ江戸後期の建物。東を入母屋造の6畳座敷、西を置屋根の土蔵とし、半間幅の蔵前廊下で繋ぐ一棟の構成と、腰を焼板とした外壁の仕上げを記す。
旧慈門院持仏堂(陶原家住宅持仏堂)は奈良県桜井市大字多武峰に建つ江戸後期の仏堂。妻入の入母屋造で三方に濡縁を廻し、天井中央を折り上げて護摩の煙抜きを設ける。神仏分離を越えて敷地に残った経緯もあわせて記す。