新潟県の登録有形文化財
新潟県 · 登録有形文化財
新潟県胎内市の大輪寺経蔵は、安政4年(1857年)建立の置屋根形式の小さな土蔵造。正面向拝の海老虹梁に葡萄と栗鼠を丸彫りし、内部の仏壇回りには雲龍を配して、江戸末期の装飾の好みを小ぶりな一棟に凝縮して見せる。
新潟県胎内市の大輪寺庫裏は、本堂の東に接続する大正9年(1920年)建立の近代禅院庫裏。軒唐破風付の表玄関を構え、二列の室に天井の高い西列と二階の衆寮、十六畳大の飯台座を容れて、禅寺の暮らしを支えてきた。
新潟県胎内市の大輪寺山門は、文久3年(1863年)建立で扉を持たない鐘楼門。尾垂木付二手先を組み、中備や頭貫の各所に彫刻を施す。上層には人間国宝・香取正彦作と伝わる梵鐘を吊り、参道はその下を抜ける。
新潟県胎内市の大輪寺総門は、嘉永5年頃の建立で旧米沢街道に面する四脚門。石積基壇の上に本柱を円柱、控柱を角柱として立て、瓦棒銅板葺の切妻を架ける。山門・本堂と一直線に並び、境内の中軸を成す。
新潟県胎内市の大輪寺土蔵は、隣地で鍛冶を営んだ三國家の蔵を昭和61年に曳家したもの。昭和3年の建築で、腰は海鼠壁、水切りは黒漆喰として白黒を対比させ、小庇には長寿を寿ぐ鶴亀の鏝絵を付ける。
新潟県胎内市の大輪寺本堂は、天保9年の火災と戊辰戦争の戦火で二度焼け、明治16年に再建された六間取の方丈形式。簡明な造りの中で、要所に彫刻欄間を嵌め、須弥壇回りだけを円柱と出組で荘厳する。
上越市寺町の高田別院鐘楼は、文化3年(1806年)建築、2006年改修の1間四方の吹放ちの鐘楼。切込接の基壇、粽付の丸柱、二手先の詰組と彫刻欄間を備える。天明3年の梵鐘は戦時の供出後に戻ったと伝わる。
上越市寺町の高田別院大門は、文政10年(1827年)の三間三戸八脚門。禅宗様の三手先組物が入母屋造の大屋根を支え、欅の素木に中国の故事や十二支の彫刻と地紋彫を施す。造形の規範として平成27年(2015年)に登録。
上越市寺町の高田別院塀は、大門と同じ文政10年(1827年)の塀。門の左右に28mずつ延びて直角に折れ、表は5本の定規筋を引いた築地塀風の白壁、裏は竪板張とする。大門とともに別院の寺格を示す。2015年登録。
上越市寺町の高田別院本堂は、昭和33年(1958年)の焼失後、翌1959年に鉄筋コンクリート造で再建された本堂。当時「印度風」と呼ばれたヴォールト屋根と尖塔飾り、柱のない畳敷の外陣が特徴。2015年登録。
新潟県上越市の髙橋あめや主屋は、明治8年(1875年)に北国街道に面して建てられた切妻造平入の町家。正面の雁木と2階の格子窓に雪国の商家の表構えをよく残し、寛永元年(1624年)創業の飴屋の店として今も使われている。
新潟県長岡市の高橋酒造煙突は、大正11年(1922年)ごろの煉瓦造の煙突。1辺1.2メートルの六角形の平面で高さ約20メートル、頂部近くに装飾的なリングを廻し、出隅に鼻黒煉瓦を使う。地域のシンボルとなっている。
新潟県長岡市の高橋酒造新蔵は、大正11年(1922年)ごろに建てられた木骨煉瓦造3階建の酒蔵。主体部は桁行30メートル、梁間18メートルで、釜場や下屋を備えた大規模なつくり。長大な赤煉瓦の外観が際立つ。
潮音寺観音堂は新潟県小千谷市小粟田に文化14年(1817年)に建った入母屋造の三間堂。三手先の組物に霊鳥や霊獣を彫り、向拝の動きある彫刻と内陣境の繊細な彫りが評価され、2018年に登録有形文化財となった。
潮音寺山門は新潟県小千谷市小粟田の潮音寺に建つ間口2.9メートルの四脚門。本柱・控柱とも円柱で、妻には挿肘木と笈形付大瓶束を組む。若葉や渦紋の彫刻から18世紀末頃の建築とされ、2018年に登録有形文化財となった。
長願寺本堂は新潟県新発田市下興野の真宗大谷派寺院の本堂で、寛延3年(1750年)建築、大正2年改修。入母屋造に3間幅の向拝を付け、広縁を堂内に取り込み、後門形式の内陣と東の堂座敷を備える。2019年登録。
長谷寺内門は、宝蔵の脇に立って参道と本堂の敷地を画する間口2.8メートルの一間一戸薬医門である。頭貫の端を本柱の前に出し、その上に組んだ平三斗で梁を受ける。背面は三斗の詰組とする。2009年に登録有形文化財となった。
長谷寺奥の院は、観音堂の西方、境内最奥に南面して建つ方三間宝形造の仏堂である。柱をすべて円柱として平三斗を組み、二軒繁垂木とする。銅板葺の屋根は境内でこの堂だけで、2009年に登録有形文化財となった。
長谷寺廻廊及び札所は、鐘堂と観音堂を結ぶ幅1.8メートル、長さ17メートルの廊下である。参道側の壁は上部を横連子に組み、北端は2階建の札所となって切子格子の窓を設ける。2008年に登録有形文化財となった。
長谷寺観音堂は、参道石段の突き当たりに南面する元禄4年(1691年)の五間堂である。側柱を角柱、入側柱を円柱とし、内陣の正面だけを支輪付二手先に上げる。厨子3基を含めて2009年に登録有形文化財となった。