沖縄県・昭和
Shōwa沖縄県 の昭和時代(1926 – 1989)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
竹富島西集落の赤山公園に昭和28年(1953年)に建てられた鉄筋コンクリート造の物見塔。集落の連絡を伝える放送台として住民が建て、のちに島を見渡す展望台として親しまれた。老朽化のため現在は登降禁止とされる。
竹富島西海岸に昭和13年(1938年)に築かれた延長105メートル、幅4.4メートルの桟橋。石灰岩の乱積みの両側にコンクリート壁を打ち、先端は干潮時の荷揚げ用に斜路状とする。西表島の水田へ通う舟が発着した。
北大東村港にある昭和15年(1940年)の木造平屋建。燐鉱採掘事業で宿泊や娯楽に使われた建物で、切妻造と入母屋造の妻入の棟を工の字形につなぎ、正面はガラス戸。昭和57年から民宿二六荘として営業している。
屋宜家住宅アサギは八重瀬町大頓の屋敷に昭和30年頃建てられた離れ。主屋の東南に建つ25平方メートルの寄棟造セメント瓦葺で、西と南に雨端をまわす。当初は米や大豆を納める蔵で、いまは沖縄そば店の予約席として使われる。
屋宜家住宅石垣は八重瀬町大頓の屋敷の南辺を囲む琉球石灰岩の石垣。昭和27年に築かれ、延長50メートル、4段積みで高さ1.3メートル。東西から延びて中央で北へ折れ、主屋とヒンプンへ向かう通路をつくる。際の花木と赤瓦が調和する。
屋宜家住宅井戸は八重瀬町大頓の屋敷に昭和27年に造られた石造の井戸。地面を円く掘って雨水をため、モルタル仕上げの縁を港川産琉球石灰岩の切石がL字に囲む。水道の遅れた旧具志頭村で暮らしを支え、正月には若水を供えた。
屋宜家住宅主屋は八重瀬町大頓に昭和27年に建てられた赤瓦葺の民家。寄棟屋根に目漆喰、南と東に雨端をまわし、一番座の床と棚、二番座の仏壇まで伝統の間取りを守る。玄関はなく縁側から上がり、いまは沖縄そば店の座敷となっている。
屋宜家住宅ヒンプンは八重瀬町大頓の屋敷で主屋の正面に立つ目隠し塀。昭和27年に港川産琉球石灰岩の切石を5段積み、高さ1.6メートル・長さ3.6メートル。各段2、3枚の長い石で組み、男性は右、女性は左を通ったと伝わる。
沖縄市美里の美里村屋(んざとぅむらやー)は、昭和29年にイヌマキ材で建てられた旧公民館。県内では珍しい入母屋造の屋根、正面の雨端柱、トコを構えた集会所の平面を解説し、外観の見方と最寄りバス停も紹介する。