大阪府の登録有形文化財
大阪府 · 登録有形文化財
四天王寺金堂は昭和36年に鉄骨鉄筋コンクリート造で復元された仏堂。焼失前の姿を写すのではなく発掘調査の成果に基づいて創建位置へ建て直された初の例で、令和4年に登録有形文化財となった。救世観世音菩薩を祀る。
四天王寺聖霊院唐門は、寺域南東部で太子殿の前に南面して建つ文化5年建築の四脚門である。徳川家康を合祀した用明殿の正門として建てられ、本坊の御成門を経て現在地へ移された小門で、令和4年に登録有形文化財となった。
四天王寺青龍亭は、四天王寺本坊の庭園内に建つ明治後期の独立した小さな茶室である。内部は台形の席と正三角形の席を水屋でつなぐ変則的な平面をもち、開口部が大きくて明るい。令和4年6月に登録有形文化財となった。
四天王寺中門は中心伽藍の南端に建つ3間1戸の八脚門。脇の間に松久朋琳らの金剛力士像を安置することから仁王門とも呼ばれる。昭和38年に復元され、令和4年に登録有形文化財となった。南面は無料で拝観できる。
四天王寺納骨堂は阿弥陀堂の西隣に北面して建つ方三間の小さな仏堂である。宝形造の桟瓦葺で建築面積は29平方メートル、三重県にあった末寺の国束寺の聖天堂を移したものである。令和4年に登録有形文化財となった。
四天王寺八角亭は四天王寺の本坊にある明治36年建築の洋風小建築である。第5回内国勧業博覧会の小奏楽堂を移したものと伝え、コリント式の柱頭飾と色ガラスの窓をもつ。平成9年7月15日に登録有形文化財となった。
四天王寺本坊唐門は寺域北東部の本坊の南西に建つ江戸後期の向唐門である。徳川歴代将軍の霊牌を祀る五智光院の正門として建てられ、雲竜の彫刻や三つ葉葵紋の透彫りで格式高く飾る。令和4年に登録有形文化財となった。
芝川ビルディングは大阪市中央区伏見町、御堂筋の東に建つ昭和2年(1927年)の鉄筋コンクリート造4階建のビルで、登録有形文化財。竜山石とスクラッチタイルの外壁にマヤ・インカ風の装飾を施したアール・デコ建築である。
東大阪市菱屋西の樟徳館鎮守社は、昭和14年に材木商森平蔵の邸宅の屋敷神として設けられた社殿。宇佐神宮本殿を手本にした八幡造で「八幡さん」と呼ばれ、花崗石の基壇に建つ。2000年に登録有形文化財となった。
東大阪市菱屋西の樟徳館土蔵は、昭和14年に敷地の西北の隅に建てられた土蔵。切妻造・本瓦葺の2階建の蔵2棟を東西に並べ、棟を落とした桟瓦葺の屋根でつないで、桁行13間に及ぶ。2000年に登録有形文化財となった。
東大阪市菱屋西の樟徳館東塀は、昭和14年に門の北端から長瀬川沿いに約24m延びる屋根塀。土台建の真壁造で腰を板張り、上部を土壁とし、道路との間に植え込みを挟んで門とのびやかな表構えをつくる。2000年登録。
東大阪市菱屋西の樟徳館南塀は、昭和14年に門の南端から延び、敷地の東南隅で折れて南辺を西へ約70m続く屋根塀。東塀と同じ土台建の真壁造で、前面に木製の矢来柵を置いて趣のある横道をつくる。2000年に登録された。
東大阪市菱屋西の長瀬川沿いに建つ樟徳館門は、材木商森平蔵の私邸の表門として昭和14年に建てられた一間薬医門。緩やかなむくりを付けた屋根と、継ぎ目のない1枚板の門扉が評価され、2000年に登録有形文化財となった。
心光寺山門は大阪市天王寺区下寺町の松屋町筋に西面して建つ江戸時代中期の一間薬医門で、登録有形文化財。切妻造・本瓦葺の門で、男梁の鼻先や虹梁の絵様など細部の意匠が秀逸とされ、寺町の歴史的な景観をつくる。
心光寺本堂は大阪市天王寺区下寺町にある昭和4年(1929年)の鉄筋コンクリート造の本堂で、登録有形文化財。火災後に住職の設計で再建されたと伝わり、ドーム屋根や相輪風の飾り、多弁アーチなどでインド風の外観をつくり出す。
水道記念館(旧柴島浄水場送水ポンプ場)は大阪市東淀川区柴島にある大正3年(1914年)の煉瓦造の建物で、登録有形文化財。大阪市の水道の拡張時のポンプ場で、赤煉瓦に花崗岩を混ぜ、中央のアーチの上部を煉瓦と石の交互積みで飾る。
大阪市中央区道修町の少彦名神社拝殿は明治43年(1910年)建築の入母屋造銅板葺で、桁行3間・梁間2間、建築面積26平方メートル。正面に千鳥破風と軒唐破風を重ね、中央はもと土間の割拝殿だった。平成12年に登録有形文化財となった。
大阪市中央区道修町の少彦名神社幣殿は、本殿正面に取り付く明治43年(1910年)建築の両下造の社殿。建築面積2.2平方メートルに絵様肘木や蟇股、笈形付太瓶束を重ね、簡素な本殿と対をなす。平成12年に登録有形文化財となった。
大阪市中央区道修町の少彦名神社本殿は明治43年(1910年)建築。桁行1間・梁間2間の切妻造平入、銅板葺で建築面積3.4平方メートル。装飾を抑え、比例の良さと良材が評価され平成12年(2000年)に登録有形文化財となった。
住吉大社角鳥居は反橋を渡った先、本宮域の幸寿門の前に立つ江戸前期の石造鳥居。大面取の角柱に反りのある島木・笠木を載せた明神鳥居で、間口4.0m・高さ4.1mの低く重厚な姿が境内の他の鳥居と一線を画す。