江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大阪府豊中市小曽根の庄屋・榎原家で、3棟並ぶ土蔵の中央に建つ江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、桁行6.8メートル梁間3.9メートル。漆喰壁に鉢巻を廻らせ、密に立てた柱に米蔵の名残をとどめる。2014年登録。
大阪府豊中市小曽根の庄屋・榎原家の敷地北西隅に建つ江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、桁行4.9メートル梁間4.0メートル。南東面に縁と下屋を廻らせ、渡廊下が付く点が3棟の土蔵で唯一の特徴。2014年登録。
大阪府豊中市小曽根の庄屋・榎原家で、主屋の北に建つ江戸末期の離れ。入母屋造桟瓦葺、建築面積52平方メートルで、座敷飾を備えた八畳の主室、室境の透彫欄間、数寄屋風の縁を持つ。2014年登録。個人宅で非公開。
大阪府貝塚市の貝塚寺内町、岡本家の土蔵3棟の東端に建つ江戸後期の岡本家住宅北蔵。6間×2間の細長い2階蔵で内部は一室、南北に出入口を持ち、東側で座敷と接続する。震災後にスレート葺となったが敷地の構成要素として登録。
大阪府貝塚市の貝塚寺内町、御下筋に西面する岡本家住宅主屋は、間口6間の平入の町家。背後の角屋座敷に天保12年(1841年)の棟札が残り、本体は18世紀中期にさかのぼるとみられる。綴葺の屋根や外観見学の注意点も紹介。
大阪府貝塚市の貝塚寺内町、醤油醸造家岡本家の土蔵3棟のうち西端に建つ岡本家住宅新蔵。南側妻の柱の棟札から安政4年(1857年)の建築と分かり、3棟で唯一本瓦葺を保つ。2003年登録。公道からの見学方法も紹介する。
大阪府貝塚市の貝塚寺内町、岡本家の土蔵3棟の中央に建つ岡本家住宅中蔵。享保年間の建築という伝えを、安政4年の新蔵より古い材料と天保期の仏間の配置から文化庁がほぼ妥当と判断。震災後のスレート葺や見学方法も紹介。
枚方市春日元町の奥野家住宅衣装蔵は、主屋の北側に建つ江戸末期の土蔵造2階建。方2間、18平方メートルの小さな蔵ながら大径の丸太材を梁や棟木に使い、妻面には鉢巻を二重に廻らす。2017年に登録有形文化財となった。
枚方市春日元町の奥野家住宅米蔵は、敷地北西隅に東面して建つ江戸末期の土蔵造平屋。出入口の庇を軒裏まで塗り込め、内部は二室の真壁、妻面に水切り庇を付けて通りの景観をつくる。2017年に登録有形文化財となった。
豊中市中桜塚の奥野家住宅主屋は、桜塚村の庄屋を務めた家の江戸後期の主屋。建築面積313平方メートル、もと九間取の床上と広い土間を持ち、今は催しの会場としても使われる。2008年に登録有形文化財となった。
枚方市春日元町の奥野家住宅主屋は、江戸末期に建てられた北河内の上層農家の主屋。桁行9間の主体部の西半を広い土間とし、整形四間取の床上、式台玄関、東の仏間と座敷、背面の角屋を備える。2017年に登録有形文化財となった。
豊中市中桜塚の奥野家住宅中門は、門長屋と主屋の間に建つ江戸後期の門。間口4.2メートルのほぼ中央に両開きの板戸を吊り、腕木で軒を支えて、主屋への道筋と前庭を区切る。2008年に登録有形文化財となった。
豊中市中桜塚の奥野家住宅西蔵は、通り沿いに建つ江戸後期の土蔵造2階建。内部を南北2室に分け、北半の屋根を一段高くした段違いの姿が特徴で、地震被害の修復後はカフェに。2008年に登録有形文化財となった。
尾食家住宅主屋は大阪府貝塚市北町にある天保10年(1839年)建築の町家。貝塚寺内町の北の入口「上方口」の西、北境川に接して建ち、台形平面と段違い破風の入母屋造が目を引く。平成15年に国の登録有形文化財となった。
尾食家住宅離れは大阪府貝塚市北町にある江戸時代末期の木造平屋建。北境川沿いに主屋西側へ接続する建築面積20平方メートルの蔵前座敷で、西に建っていた土蔵は既に撤去されている。平成15年(2003年)に国の登録有形文化財となった。
片桐棲龍堂主屋は堺市西湊町の漢方薬舗の住まいで、文化年間の建築。入母屋造・平入、つし二階の塗屋で、土間・茶室・仏間・座敷に旧店舗がつながる。平成12年に登録有形文化財となった。内部は非公開で外観のみ見学できる。
片桐棲龍堂中ノ蔵は堺市西湊町の漢方薬舗に建つ土蔵造2階建の蔵で、嘉永年間の建造と伝える。建築面積12平方メートルの小さく背の高い蔵で、南面に観音扉を持つ。造形の規範として平成12年に登録有形文化財となった。
片桐棲龍堂西ノ蔵は江戸後期に大阪の日本橋で建てられ、明治6年に堺へ移された土蔵造2階建の蔵。桁行3間・梁行4間で屋敷最大の土蔵。現在は漢方資料館として使われ、平成12年に登録有形文化財となった。非公開。
片桐棲龍堂東ノ蔵は堺市西湊町の漢方薬舗に建つ嘉永年間の平屋の土蔵。庭園の北辺を区切り、主屋に向く西の妻に入口を開く。蔵前は煉瓦敷で、明治初期の洗い場へと続く。平成12年に登録有形文化財となった。屋敷は非公開。
片桐棲龍堂摩利支尊天神社廟は庭園の北東隅に西面して祀られた小祠で、文化11年ごろの建築。2.3平方メートルの覆屋に千鳥破風・唐破風付きの一間社流造の本殿を納める。平成12年に登録有形文化財となった。非公開。