明治

Meiji

明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

5,384 件 明治時代 1868 – 1912
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佐藤家住宅木造別棟
長崎県 明治
佐藤家住宅木造別棟

長崎市西泊町の佐藤家住宅木造別棟は、主屋の南に建つ明治初期の離れ。石造の1階に、細い部材で組んだ数寄屋風の木造2階を載せる。石造の住宅建築は数少なく、平成9年(1997年)に国の登録有形文化財となった。

清水家住宅主屋
長崎県 明治
清水家住宅主屋

長崎県島原市上の町の清水家住宅主屋は、明治後期の木造2階建町家で、平成15年に国の登録有形文化財となった。島原街道の東側、小路が分かれる角地に西面して建ち、正面に前庭を設けない近代の平面を示す。内部は非公開。

出島橋
長崎県 明治
出島橋

長崎市の出島橋は、明治23年に新川口橋として架けられ明治43年に現在地へ移設された鉄製トラス橋。アイバーのピン結合に米国系橋梁の特徴を残し、令和3年に登録有形文化財となった。車両を通す道路橋として国内最古とされる。

中尾山うつわ処赤井倉
長崎県 明治
中尾山うつわ処赤井倉

長崎県波佐見町の中尾山うつわ処赤井倉は、明治23年に陶磁器卸商が建てた商家建築。ドマ・ミセ・ザシキの三分割が明快に残り、平成15年に登録有形文化財となった。現在は波佐見焼のギャラリー兼店舗として公開されている。

長崎大学(旧長崎高等商業学校)拱橋
長崎県 明治
長崎大学(旧長崎高等商業学校)拱橋

長崎大学(旧長崎高等商業学校)拱橋は長崎市片淵の長崎大学経済学部の構内を流れる西山川に架かる明治36年(1903年)の石造の単アーチ橋で、登録有形文化財。平滑な切石で欠円アーチをつくり、高商の創立当初から残る。

長崎大学経済学部倉庫(旧長崎高等商業学校倉庫)
長崎県 明治
長崎大学経済学部倉庫(旧長崎高等商業学校倉庫)

長崎大学経済学部倉庫は長崎市片淵の長崎大学経済学部の構内にある明治40年(1907年)の旧長崎高等商業学校の倉庫で、登録有形文化財。切妻造・妻入の煉瓦造2階建で、花崗岩の基礎にイギリス積の壁を築く。高商の創立当初から残る唯一の建物である。

マルイチ葬祭斎場(旧小林家住宅酒蔵)
長崎県 明治
マルイチ葬祭斎場(旧小林家住宅酒蔵)

長崎県島原市弁天町に堂々とそびえる三階建ての土蔵造建築、マルイチ葬祭斎場(旧小林家住宅酒蔵)。明治末期に深江町で酒蔵として建てられ、昭和初期に現在地へ移築された後は、製糸工場、線香工場、そして葬祭斎場へと用途を変えながら一世紀以上にわたり島原の街並みを見守ってきました。棟高14メートル・建築面積580平方メートルという九州屈指の大規模木造建築は、平成26年(2014年)に国の登録有形文化財に登録され、その規模・由緒・建設当初の様相において高い価値が認められています。

三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機
長崎県 明治
三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機

三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機(通称ジャイアント・カンチレバークレーン)は、明治42年(1909年)に英国スコットランドから輸入された吊上能力150トン・高さ約62メートルの巨大電動クレーンです。同型としては日本初の設置であり、稼働している世界最古のハンマーヘッド型起重機として国際的に高く評価されています。2003年に国の登録有形文化財、2015年には世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産に指定されました。長崎水辺の森公園や長崎港遊覧船などから、その雄大な姿を望むことができます。

弓張岳展望所
長崎県 明治
弓張岳展望所

弓張岳展望所は長崎県佐世保市にある昭和40年(1965年)の鉄筋コンクリート造の展望所で、登録有形文化財。坪井善勝の設計で、3点で支えた薄い反り屋根をHPシェル構造で実現し、本郷新のレリーフで柱を飾る。

料亭春海
長崎県 明治
料亭春海

明治40年に個人邸宅として建てられ、2015年に登録有形文化財となった長崎市鍛冶屋町の料亭春海。書院造を基調とした風雅な建築で、長崎独自の和華蘭文化が育んだ伝統の卓袱料理を味わう特別な時間をご紹介します。

芦澤第一号石積堰堤
長野県 明治
芦澤第一号石積堰堤

長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた4基の石積堰堤のうち最も下流の第一号。堤長10メートル、堤高4.2メートル、最大径1メートルほどの野面石を1割5分の勾配で空積みし、旧状をよく保つ。

芦澤第三号石積堰堤
長野県 明治
芦澤第三号石積堰堤

長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた4基の石積堰堤のうちの第三号。堤長16メートル、堤高4.0メートル、1割3分の緩い勾配で野面石を空積みし、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。

芦澤第二号石積堰堤
長野県 明治
芦澤第二号石積堰堤

長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた石積堰堤4基のうち下から2番目。堤長12メートル、堤高3.8メートルと最も低く、ほぼ左右対称の堤体に水通し部と袖部を直線で分けた近代的な立面をもつ。

芦澤第四号石積堰堤
長野県 明治
芦澤第四号石積堰堤

長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた石積堰堤4基のうち最上流で最大の第四号。堤長15メートル、堤高6.8メートル。土木監督署制の施行後に内務省が実施した最初期の公共事業の遺構とされる。

飯田家住宅内門
長野県 明治
飯田家住宅内門

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅内門は、明治後期の間口6尺の棟門である。主屋南東の庭園を囲む土塀に開き、わずかに反る切妻屋根の大棟を七宝つなぎで飾る。屋敷構えの正面をつくる門として平成17年に登録された。

飯田家住宅質蔵
長野県 明治
飯田家住宅質蔵

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅質蔵は、明治前期の土蔵造2階建である。西面中央に黒漆喰塗の両開き土戸を吊り込み、腰を海鼠壁とする。質草を納める蔵の名を今に残し、平成17年に登録有形文化財に登録された。

飯田家住宅醸造蔵二
長野県 明治
飯田家住宅醸造蔵二

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅醸造蔵二は、明治前期の木造平屋建の醸造蔵である。桁行16間の東西棟で、ゆるい切妻屋根を和小屋で組み、煙突を併設して東からの屋敷景観をつくる。平成17年に登録有形文化財となった。

飯田家住宅文庫蔵・隠居屋
長野県 明治
飯田家住宅文庫蔵・隠居屋

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅文庫蔵・隠居屋は、明治8年建築の土蔵造2階建である。南側2間半を隠居所とし上雪隠を備え、腰は亀甲形の海鼠壁とする。屋敷の東辺を画す建物で、平成17年に登録有形文化財となった。

飯田家住宅塀
長野県 明治
飯田家住宅塀

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅塀は、明治後期の土塀である。座敷棟の西端から敷地の南辺と東辺をたどる延長63メートルで、石垣上に1間おきに柱を立て白漆喰で塗り、瓦を載せる。平成17年に登録有形文化財となった。

飯田家住宅味噌蔵
長野県 明治
飯田家住宅味噌蔵

長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅味噌蔵は、明治期の土蔵造2階建で、建築面積20平方メートルと屋敷で最も小さい。軒をやや大きく出し、垂木と桁まで白漆喰で塗り込め、腰を下見板張とする。平成17年に登録有形文化財となった。