鏡神社本殿とは

鏡神社本殿は、滋賀県蒲生郡竜王町鏡にある室町時代中期(1393〜1466年)の神社本殿で、明治34年(1901年)8月2日の日付で国の重要文化財に指定されている(文化庁)。読みは「かがみじんじゃほんでん」で、所有者は鏡神社である。

この日付は、現在の文化財保護法より前の旧法による指定の日付で、昭和25年(1950年)の法施行後も重要文化財の指定日として引き継がれている。文化庁のデータベースでは指定番号は00198、員数は1棟と記録されている。

鏡神社本殿のかたち

文化庁の記録による鏡神社本殿の構造は「三間社流造、向拝三間、こけら葺」の3語に尽きる。

三間社とは、正面の柱と柱のあいだが3つある社殿をいう。流造は、前側の屋根を長く延ばして正面の階段や縁の上までを覆う形式で、横から見ると前の流れが後ろより長い。鏡神社本殿では、その延びた屋根の下に正面の幅いっぱい、3間の向拝が付いている。

屋根は柿葺で、木を薄く割った板を少しずつずらして重ねて葺いている。瓦や銅板とは違い、軒先には板を重ねた層の厚みが表れる。

鏡神社本殿の年代と価値

文化庁は鏡神社本殿の年代を室町時代中期とし、西暦では1393〜1466年の幅で示している。一方、竜王町観光協会は本殿を南北朝時代の建築として紹介しており、両者の見方は一致していない。棟札などで建立年が確定しているという記録は、文化庁のデータベースには載っていない。

鏡神社本殿は、中世に建てられた三間社流造の本殿が、こけら葺の屋根とともに今に伝わる例である。鏡の宿として栄えた街道沿いの集落に、中世の社殿がこうして残っている。

鏡神社本殿の見どころ

まず側面に回り、屋根の線を見たい。前へ長く流れ下る屋根と、後ろの短い屋根との差が、流造という形式をいちばんよく伝える。

正面からは、向拝の柱が4本立ち、3つの柱間をつくっているのが分かる。三間社の本体の幅と向拝の幅がそろっているため、正面は横に長く、落ち着いた印象になる。こけら葺の軒先は、雨上がりなど板の色が濃くなるときに重なりがよく見える。

鏡神社本殿の見学

鏡神社本殿の内部公開や特別公開について、公的な案内は確認できなかった。見学は境内からの外観に限られると考えておきたい。撮影の可否についての案内も見当たらないため、祭事の最中や参拝者がいるときは配慮したい。

鏡神社への行き方と、境外にある宝篋印塔との位置関係は、鏡神社のページにまとめてある。

Q&A

Q鏡神社本殿はいつ建てられたのですか?
A文化庁は室町時代中期(1393〜1466年)としています。竜王町観光協会は南北朝時代の建築と紹介しており、資料によって見方が分かれます。
Q鏡神社本殿はどのような建築様式ですか?
A三間社流造、向拝三間、こけら葺です(文化庁)。正面の柱間が3つあり、前に長く延びた屋根の下に正面幅いっぱいの向拝が付きます。
Q鏡神社本殿の屋根は何でできていますか?
A薄く割った木の板を重ねて葺くこけら葺(柿葺)です(文化庁)。
Q鏡神社本殿の内部は見学できますか?
A内部公開や特別公開の公的な案内は確認できませんでした。境内から外観を見学する形になります。
Q鏡神社本殿が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A指定日は明治34年(1901年)8月2日です(文化庁)。旧法による指定の日付が、そのまま重要文化財の指定日として扱われています。

基本情報

名称鏡神社本殿(かがみじんじゃほんでん)
所在地滋賀県蒲生郡竜王町大字鏡
指定区分重要文化財(建造物)
指定年明治34年(1901年)8月2日指定(旧法による指定の日付)
員数1棟
寸法三間社流造、向拝三間(文化庁データベースに寸法の記載なし)
所有者鏡神社
公開状況外観のみ(内部公開の案内なし)

参考文献

鏡神社本殿(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1491
竜王の名所旧跡(竜王町観光協会)
https://ryuoh.org/meisyo/
鏡の里エリア(竜王町観光協会)
https://ryuoh.org/area/kagaminosato/

最終更新日: 2026.10.29