鏡神社宝篋印塔とは

鏡神社宝篋印塔は、滋賀県蒲生郡竜王町鏡の西光寺跡に立つ鎌倉時代後期(1275〜1332年)の石造の宝篋印塔で、昭和35年(1960年)2月9日に国の重要文化財に指定された(文化庁)。読みは「かがみじんじゃほうきょういんとう」で、所有者は鏡神社である。

文化庁のデータベースでは、構造形式は「石造宝篋印塔」、員数は1基、指定番号は01459と記録されている。竜王町観光協会は、鎌倉時代後期の1300年ごろの作と紹介している。

鏡神社宝篋印塔の立つ西光寺跡

鏡神社宝篋印塔は鏡神社の境内ではなく、国道8号を挟んだ山裾の西光寺跡にある。西光寺は、伝教大師(最澄)が鏡山十二峰の一つ星ケ峰の麓に建てたと伝わる寺で、織田信長の兵火(1571年)で廃寺になった(竜王町観光協会)。

寺が失われたあとも、鏡神社宝篋印塔はこの場所に残り、現在は鏡神社が所有している。

鏡神社宝篋印塔のかたちと価値

竜王町観光協会によれば、鏡神社宝篋印塔は総高210cm、笠石の下の塔身の周囲は180cmある。2段の基壇を築き、その上に基礎を置いて、塔身・笠・相輪を積み重ねている。

基礎の側面には格狭間が彫られ、その中に向かい合う孔雀が表されている。さらに石の角には梟(ふくろう)の彫刻があり、竜王町観光協会はこれを珍しい意匠として挙げている。文化庁の解説も、装飾彫刻のすぐれた塔であることを評価の要点にしている。

なお、文化庁の解説文は鏡神社宝篋印塔を「鎌倉時代中期」の作と書き、同じデータベースの年代欄は「鎌倉後期」としている。本記事は年代欄と竜王町観光協会の記述に従った。

鏡神社宝篋印塔の見どころ

まず基礎の正面にしゃがみ込み、格狭間の中の孔雀を探したい。左右から向き合う2羽の姿は、塔の高さに目を奪われていると見落としやすい。

次に視線を上げて塔身の角を見る。梟の彫刻は角の部分にあり、光が横から当たる時間のほうが彫りの陰影を追いやすい。総高210cmは人の背丈ほどで、見上げれば笠の張り出しと相輪の段が一続きに見える。

鏡神社宝篋印塔の見学

鏡神社宝篋印塔は屋外に立つ石塔で、見学時間や料金についての公的な案内は確認できなかった。撮影の可否についても案内は見当たらない。石造物は表面が傷みやすいので、触れたり基壇に上がったりせずに見学したい。

鏡神社本殿からの道順と位置関係は、鏡神社のページにまとめてある。

Q&A

Q鏡神社宝篋印塔はどこにありますか?
A鏡神社の境内の外、国道8号を挟んだ山裾の西光寺跡に立っています。本殿からは南西へ直線でおよそ250メートルです。
Q鏡神社宝篋印塔はいつ造られたのですか?
A文化庁のデータベースの年代欄は鎌倉時代後期(1275〜1332年)で、竜王町観光協会は1300年ごろの作としています。文化庁の解説文には「鎌倉時代中期」とあります。
Q鏡神社宝篋印塔の大きさは?
A竜王町観光協会によれば総高210cm、笠石の下の塔身の周囲は180cmです。
Q鏡神社宝篋印塔の見どころは何ですか?
A基礎の格狭間に彫られた向かい合う孔雀と、石の角に彫られた梟です。
Q鏡神社宝篋印塔が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A昭和35年(1960年)2月9日です(文化庁)。

基本情報

名称鏡神社宝篋印塔(かがみじんじゃほうきょういんとう)
所在地滋賀県蒲生郡竜王町大字鏡
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和35年(1960年)2月9日指定
員数1基
寸法総高210cm、塔身周囲180cm(竜王町観光協会)
所有者鏡神社
公開状況屋外の石塔(見学時間・料金の公的な案内なし)

参考文献

鏡神社宝篋印塔(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1492
鏡神社宝篋印塔(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/146691
竜王の名所旧跡(竜王町観光協会)
https://ryuoh.org/meisyo/
鏡の里エリア(竜王町観光協会)
https://ryuoh.org/area/kagaminosato/

最終更新日: 2026.10.29