火災のあとに建った大書院

祐天寺書院は、東京都目黒区中目黒の祐天寺で本堂の西側に建つ明治28年(1895年)の書院で、都内では数少ない大規模な書院の遺例として、平成25年(2013年)12月24日に国の登録有形文化財に登録された。木造平屋建の瓦葺で、建築面積は329平方メートルある。

祐天寺にはもともと、祐天上人が隠棲した竜土町の禅室書院を移して享保5年(1720年)に建てた書院があり、延享2年(1745年)には天英院の江戸城二の丸の御座の間の材木を使った建物も加わった。これらの江戸の書院群は、明治27年(1894年)の火災で奥書院・小書院・大書院ともに焼失している。

現在の祐天寺書院は、その火災のあとに建てられた庫裏が始まりである。寺の年表によれば、再建された庫裏は間口13間半(約24.57メートル)、奥行7間(約12.74メートル)の木造瓦葺で、明治33年(1900年)の境内図では今の書院の位置に描かれている。この建物がのちに書院として使われるようになった。年代は文化庁のデータベースが明治28年とするのに対し、寺の年表は庫裏の再建を明治30年(1897年)の項に記している。

その後も増築が続いた。明治41年(1908年)には法要の控え室が足りなくなって35坪を増築し、大正11年(1922年)には隣に37坪の新しい庫裏を建てている。寺の年表は、当時「庫裏」と呼ばれていたこの建物が現在の書院にあたると説明する。昭和22年(1947年)には、戦時中に延焼防止のため撤去していた本堂との渡り廊下を再建した。

座敷の構えが示す格式

文化庁の解説によると、祐天寺書院は本堂の西方に北面して建つ東西棟の寄棟造で、正面の中央に玄関を構える。西寄りを板の間とし、東側には前後2列に3室ずつを並べる。南の庭に面した主要な3室のうち、東の端の部屋には大振りの床の間と違棚を構え、風格のある座敷をつくっている。

登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。解説は「都内では数少ない大規模書院の遺例」と評している。明治の庫裏として建てながら、南庭に向けて座敷を連ね、床と違棚で格を整えた間取りは、江戸の書院造の作法を引き継いでいる。将軍が休息した江戸の書院は焼けたが、座敷を連ねて客を迎えるという役割は、この建物に受け継がれた。

平成17年(2005年)には東京大学大学院の建築史研究室が本堂とあわせて書院を調査し、報告書をまとめている。文化庁のデータベースは平成21年(2009年)の改修を記録している。

北の玄関から見る

境内から見える祐天寺書院は、北を向いた正面である。寄棟の大屋根が東西に長く伸び、その中央に玄関が突き出す。東西棟の長さは、本堂の西側を歩きながら屋根の端から端までを目で追うとよくわかる。

主な座敷は反対側の南庭に面しているため、外からは見えない。玄関の構えと屋根の長さから、奥に続く6室の広がりを想像しながら見ることになる。

本堂との間には渡り廊下があり、法要の際には両棟が一体で使われる。昭和の初めには、書院の大玄関前の広場で日曜学校の子どもたちが盆踊りを踊ったと年表は記している。

祐天寺書院の見学

祐天寺書院は寺の法要や行事に使われている建物で、内部を一般に公開する案内は見当たらない。見学は境内から外観を眺める形になる。玄関は寺務所の近くにあり、受付の用で訪れる人も行き来するので、建物の前で立ち止まるときは通行の妨げにならないようにしたい。

北側の正面は午前から昼にかけて逆光になりやすい。屋根の輪郭を撮るなら、午後の斜めの光のほうが扱いやすい。境内への行き方と参拝の時間は祐天寺のページにまとめてある。

Q&A

Q祐天寺書院の中は見学できますか?
A祐天寺書院は寺の法要や行事に使われる建物で、内部の一般公開は案内されていません。境内から北側の正面と玄関を眺めることができます。
Q祐天寺書院はいつ建てられたのですか?
A文化庁のデータベースは明治28年(1895年)としています。明治27年(1894年)の火災のあとに建てられた庫裏が始まりで、寺の年表はその再建を明治30年(1897年)の項に記しています。
Q祐天寺書院が登録有形文化財に登録された理由は何ですか?
A南庭に面して座敷を連ね、東端の座敷に大振りの床の間と違棚を構えた格式のある間取りで、都内では数少ない大規模書院の遺例とされたためです。平成25年(2013年)12月24日に登録されました。
Q祐天寺書院は江戸時代の書院ですか?
Aいいえ。江戸時代の書院群は明治27年の火災で焼失しました。現在の祐天寺書院は火災後の庫裏を転用した明治の建物で、増築を重ねて今の姿になっています。
Q祐天寺書院はどこから見ればよいですか?
A本堂の西側に北を向いて建っています。境内から北側の正面を見ると、東西に長い寄棟の屋根と中央の玄関がわかります。座敷が面する南庭側は外から見えません。

基本情報

名称祐天寺書院
所在地東京都目黒区中目黒5-1067-1(寺の住所は中目黒5-24-53)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成25年(2013年)12月24日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積329平方メートル
所有者宗教法人祐天寺
公開状況内部は非公開。外観(北側正面)は境内から見学できる

参考文献

祐天寺書院(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009714
祐天寺書院(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/274463
祐天寺の歴史 年表 享保5年(1720年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33099/page-33362/
祐天寺研究ノート34 天英院さま御仏殿などを造営(その2)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/ronsetsu/page-32354/page-32832/
祐天寺の歴史 年表 明治27年(1894年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33145/page-33742/
祐天寺の歴史 年表 明治30年(1897年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33145/page-33748/
祐天寺の歴史 年表 明治41年(1908年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33145/page-35698/
祐天寺の歴史 年表 大正11年(1922年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33147/page-35920/
祐天寺の歴史 年表 昭和22年(1947年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33150/page-36164/

最終更新日: 2026.09.25