駒沢通りに開く高麗門

祐天寺表門は、東京都目黒区中目黒の祐天寺境内の北辺に建ち、駒沢通りに面する明治前期(1868〜1882年)の高麗門で、平成25年(2013年)12月24日に国の登録有形文化財に登録された。木造で屋根は瓦葺、間口は3.6メートル、左右に潜戸を備える。

参拝者が最初にくぐるのがこの門で、奥には区指定有形文化財の仁王門が控える。文化庁の解説は、祐天寺表門を「仁王門の前面に位置する」門と説明している。

江戸時代の寺の記録では、「表門」の呼び名は今の仁王門を指していた。享保20年(1735年)に竹姫の寄進で建てられた仁王門が当時の表門で、その外側にもう一つ「惣門」があった。現在の祐天寺表門は、位置の上では江戸時代の惣門の側にあたる。

建立年をめぐる二つの説

祐天寺表門の年代について、文化庁のデータベースは明治前期としている。一方で、この門を文化14年(1817年)、祐天上人の百回忌に合わせて建てたものと紹介する案内も見られる。寺の年表を見ると、文化14年に記録されているのは、百回忌を控えた惣門の建て替えである。

寺の年表にはもう一つ手がかりがある。天保14年(1843年)に寺社奉行へ提出した境内の作事絵図では、表門が冠木門として描かれていたという。今の門は冠木の上に切妻屋根をかけ、背後にも小屋根を付けた高麗門であり、形式が違う。天保以降に建て替えられたとみるのが自然で、明治前期という文化庁の判断とも矛盾しない。ここでは文化庁の年代を採り、文化14年説は惣門の建て替えの記録と混同されている可能性があることを付記しておく。

高さのある門構えの価値

文化庁の解説によれば、祐天寺表門は高麗門で、切妻造の桟瓦葺とする。建ちが高く、冠木と棟木の間に竪格子をはめ込み、左右に潜戸を付けて雄大な構えをつくっている。都内に残る有力寺院にふさわしい、格式のある表門の構えを伝えるものとされた。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

祐天寺表門は、駒沢通りという幹線道路に直に面している点でも、街並みの中で寺の存在を示す役割を担ってきた。昭和7年(1932年)、都市計画で駒沢通りが拡幅されて境内が道路から丸見えになると、寺は通り沿いに木造の塀を増築した。同じ年には、報知新聞社が拡張された東京市の新市域から8か所の名所を選ぶ投票で祐天寺が第6位となり、その記念碑が表門の前に建てられている。

大正12年(1923年)の関東大震災では、屋根瓦が落ちる被害を受けた。昭和24年(1949年)の祐天上人二百三十三回遠忌の前には、表門の両側の木造塀が修理され、門前に御影石の駒寄せが据えられた。

門の前で見るところ

祐天寺表門を見るなら、まず駒沢通りの歩道側から全体を見上げたい。門柱の上に渡した冠木と、その上の棟木との間に竪格子がはまっており、門の丈が高く見えるのはこの格子の段があるためである。

門をくぐったら振り返り、裏側も確かめたい。高麗門は本柱の背後に控柱を立て、その上にも小さな屋根をかける形式で、門の奥行きが表からは想像しにくい。左右の潜戸は、正面の扉が閉まっているときの出入り口として今も使われている。

祐天寺表門の見学

祐天寺表門は境内の入口にあたり、通り抜けは自由である。寺の案内では、門が閉まっている時間でも潜り戸から参拝するよう記されている。門の前は駒沢通りの歩道で人の往来が多く、撮影の際は通行の妨げにならないよう、歩道の端に寄って構えたい。

境内への行き方と参拝の時間は祐天寺のページにまとめてある。

Q&A

Q祐天寺表門はいつ建てられたのですか?
A文化庁のデータベースは明治前期(1868〜1882年)としています。文化14年(1817年)の建立とする案内もありますが、寺の年表でこの年に記録されているのは惣門の建て替えです。
Q祐天寺表門はどのような形式の門ですか?
A高麗門です。切妻造の桟瓦葺で、冠木と棟木の間に竪格子をはめて建ちを高くし、左右に潜戸を付けています。間口は3.6メートルです。
Q祐天寺表門が登録有形文化財に登録されたのはいつですか?
A平成25年(2013年)12月24日に、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。登録番号は13-0302です。
Q祐天寺表門と仁王門は何が違うのですか?
A表門は駒沢通りに面した入口の高麗門で、国の登録有形文化財です。その奥にある仁王門は享保20年(1735年)の八脚門で、目黒区の指定有形文化財です。江戸時代には仁王門が「表門」と呼ばれていました。
Q祐天寺表門は夜も通れますか?
A寺の案内によれば境内は24時間参拝でき、門が閉まっている時間でも潜り戸から参拝するよう記されています。

基本情報

名称祐天寺表門
所在地東京都目黒区中目黒5-1067-1(寺の住所は中目黒5-24-53)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成25年(2013年)12月24日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口3.6メートル、左右潜戸付
所有者宗教法人祐天寺
公開状況境内の入口で通り抜け自由。門が閉まっているときは潜戸から出入りする

参考文献

祐天寺表門(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009717
祐天寺表門(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/270776
祐天寺の歴史 年表 文化14年(1817年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33124/page-33569/
祐天寺の歴史 年表 天保14年(1843年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33128/page-33632/
祐天寺の歴史 年表 大正12年(1923年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33147/page-35929/
祐天寺の歴史 年表 昭和7年(1932年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33150/page-36023/
祐天寺の歴史 年表 昭和24年(1949年)(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33150/page-36175/
祐天寺のご案内 よくある質問(明顕山 祐天寺)
https://www.yutenji.or.jp/info/faq/
祐天寺仁王門 区指定有形文化財(建造物)(目黒区)
https://www.city.meguro.tokyo.jp/shougaigakushuu/bunkasports/rekishibunkazai/yutenjiniomon.html

最終更新日: 2026.09.25