天英院が寄進した鐘の堂
祐天寺鐘楼は、東京都目黒区中目黒の祐天寺境内で本堂の北西に建つ享保14年(1729年)の鐘楼で、境内に残る登録建物のうちもっとも古く、平成30年(2018年)5月10日に国の登録有形文化財に登録された。木造平屋建の銅板葺で、建築面積は17平方メートルある。
鐘と堂を寄進したのは、6代将軍家宣の正室天英院である。寺の年表によれば、天英院は享保13年(1728年)、夫の十七回忌の追善のために鐘を造ることを決め、大きさは上野の寛永寺と同じ3尺3寸(約1メートル)とするよう指示した。翌享保14年2月に鐘楼の建立が許され、堂の大きさは梁間2間(約3.64メートル)、桁行2間と届けられている。
鐘は同年3月20日、墓地の脇に設けた鋳造場で竹崎石見法橋淨閑と横塚播磨大掾藤原重正が鋳込み、翌日、牛に引かせて土中の鋳型から掘り出された。重さは450貫(約1,687.5キログラム)あったと記録される。4月14日から3日間の鐘供養には、天英院付きの女中たちが代参として日替わりで詰めかけた。
その後、天明5年(1785年)には屋根を銅瓦葺とし、昭和7年(1932年)には仁王門や阿弥陀堂とともに修繕を受けた。文化庁のデータベースも、年代を享保14年、改修を昭和7年としている。
「造形の規範」とされた理由
祐天寺鐘楼は、平成25年(2013年)に一括登録されたほかの6棟から5年遅れて登録された。基準も異なり、ほかの6棟の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」ではなく、「造形の規範となっているもの」が適用されている。建物としての形そのものが評価されたことになる。
文化庁の解説によると、祐天寺鐘楼は桁行を広めにとった方1間の吹き放ち形式で、軒は一軒の繁垂木とする。東西棟の切妻造で、屋根は本瓦の形を銅板で葺いた本瓦形銅板葺である。組物は三斗組、柱間の中備は木鼻付きの平三斗で、妻面には虹梁を架け、笈形付きの大瓶束で飾る。細部の絵様に江戸中期の意匠を示す鐘楼とされた。
享保期の鐘楼が、組物や妻飾りの構成を保ったまま都内に残っていることが、この建物の価値である。年表に残る建立許可の記録と、文化庁が細部の意匠から読み取った年代が一致している点も、建物の履歴をたどりやすくしている。
戦争を越えた梵鐘
鐘楼に吊られた梵鐘にも、たどってきた歴史がある。昭和17年(1942年)、寺は金属類回収令による鐘の供出の免除を願い出て、翌昭和18年(1943年)4月12日に東京府から許可を得た。それでも戦局が悪化すると、終戦間際には供出のために鐘楼から鐘を下ろしたが、まもなく終戦となり、回収を免れたと年表は記している。
登録されているのは鐘楼の建物であり、梵鐘そのものではない。とはいえ、天英院が寄進した鐘と、その鐘のために建てられた堂がそろって残っていることは、この鐘楼を見るうえで欠かせない背景である。
妻飾りを見る位置
祐天寺鐘楼は東西棟の切妻造なので、見どころの妻飾りは東と西の2面にある。虹梁の上に立つ大瓶束と、その両脇に渦を巻くように付いた笈形は、少し離れて見上げたほうが全体の形をつかみやすい。
軒下では、隅と柱間に並ぶ三斗組と、木鼻の彫りを見比べたい。吹き放ちの堂なので、柱の間から梵鐘の姿もうかがえる。
祐天寺鐘楼の見学
祐天寺鐘楼は屋外にあり、境内が開いていれば外観を自由に見学できる。鐘は寺の行事に使われるもので、参拝者が撞くことは案内されていない。柵や囲いがある場合は、その外側から見ること。
境内への行き方と参拝の時間は祐天寺のページにまとめてある。
Q&A
- 祐天寺鐘楼はいつ建てられたのですか?
- 享保14年(1729年)です。6代将軍家宣の正室天英院が、夫の十七回忌の追善のために鐘とともに寄進しました。昭和7年(1932年)に修繕を受けています。
- 祐天寺鐘楼が登録有形文化財に登録されたのはいつですか?
- 平成30年(2018年)5月10日に、「造形の規範となっているもの」として登録されました。境内のほかの6棟より5年遅い登録です。
- 祐天寺鐘楼の梵鐘も文化財ですか?
- 登録有形文化財に登録されているのは鐘楼の建物で、梵鐘そのものではありません。梵鐘は享保14年に鋳造され、太平洋戦争中の金属供出も免れて残っています。
- 祐天寺鐘楼の鐘は撞けますか?
- 鐘は寺の行事に使われるもので、参拝者が撞くことは案内されていません。外観は境内から自由に見学できます。
- 祐天寺鐘楼はどこにありますか?
- 本堂の北西に、東西棟の切妻屋根で建っています。妻飾りは東と西の両面にあります。
基本情報
| 名称 | 祐天寺鐘楼 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都目黒区中目黒5-1067-1(寺の住所は中目黒5-24-53) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成30年(2018年)5月10日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、銅板葺、建築面積17平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人祐天寺 |
| 公開状況 | 屋外にあり、外観は境内から自由に見学できる |
参考文献
- 祐天寺鐘楼(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012304
- 祐天寺鐘楼(文化遺産オンライン)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/566408
- 祐天寺の歴史 年表 享保13年(1728年)(明顕山 祐天寺)
- https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33099/page-33379/
- 祐天寺の歴史 年表 享保14年(1729年)(明顕山 祐天寺)
- https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33099/page-33381/
- 祐天寺の歴史 年表 昭和7年(1932年)(明顕山 祐天寺)
- https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33150/page-36023/
- 祐天寺の歴史 年表 昭和18年(1943年)(明顕山 祐天寺)
- https://www.yutenji.or.jp/history/nenpyo/page-33150/page-36137/
最終更新日: 2026.09.25