北口本宮富士浅間神社本殿 ― 元和元年に建った入母屋造の本殿
北口本宮富士浅間神社本殿は、山梨県富士吉田市上吉田にある元和元年(1615年)建立の神社本殿で、昭和28年(1953年)3月31日に重要文化財に指定された。
建てたのは都留郡の領主で谷村藩主の鳥居土佐守成次である。文化庁のデータベースは時代を江戸前期とし、形式を一間社入母屋造、向拝唐破風造、檜皮葺と記す。富士吉田市の解説では、桁行1間・梁間2間の入母屋造の身舎を本体とし、その前に唐破風造の向拝1間を付けた形とされる。指定には棟札1枚が附として含まれている。
境内には本殿と呼ばれる建物が3棟あり、北口本宮富士浅間神社本殿はそのうちもっとも新しい。東宮本殿と西宮本殿がともに一間社流造であるのに対し、この本殿だけが入母屋造で、屋根の形からして格の違いがはっきりしている。
北口本宮富士浅間神社本殿が重要文化財とされる理由
文化庁の解説は、北口本宮富士浅間神社本殿を比較的大きな社殿とし、漆塗りに彫刻と鍍金の金具を用いた華やかな意匠は、近畿地方に見られる桃山時代の建築と比べても見劣りしないと評価している。
山梨県の解説はさらに踏み込む。桃山時代の装飾技法がいかに多様であったかを示すだけでなく、その装飾が建築と一体になった優れた意匠を見せる、顕著な遺構だという。彫刻や金具が後から足された飾りではなく、柱や組物とあわせて設計されたものとして読める、という評価である。
江戸幕府が開かれて十数年の時期に、京や大坂から遠く離れた富士山の北麓で、中央の桃山建築と並べて語られる水準の本殿が建てられた。地方の神社建築として、そこに北口本宮富士浅間神社本殿の価値がある。
北口本宮富士浅間神社本殿の見どころと修理の記録
北口本宮富士浅間神社本殿は、拝殿・幣殿の真後ろに建つ。神社の由緒では、幣殿・拝殿が本殿に接続して全体が権現造の形になると説明されている。山梨県の解説によれば、本殿を囲む瑞垣はとくに高く造られて本殿を守り、瑞垣の柱は幣殿へとつながっている。
このため本殿は、瑞垣の外から屋根を中心に眺めることになる。注目したいのは正面の向拝である。入母屋造の屋根の前に唐破風の向拝を付ける構成は、隣に並ぶ東宮・西宮の流造の社殿には見られない。檜皮葺の屋根が重なる輪郭を、東宮や西宮の屋根と見比べると、元和の本殿が別格として建てられたことが伝わってくる。
修理の記録も残る。富士吉田市の解説によれば、慶安2年(1649年)には谷村藩主の秋元富朝が拝殿まわりとともに本殿にも修復を加えた。元文4年(1739年)には村上光清を中心とする富士講の人々が現在の拝殿・幣殿を造営し、本殿の前に建つ建物はこのとき一新された。本殿そのものは元和元年の建物が引き継がれ、いまに至っている。
北口本宮富士浅間神社本殿の見学
北口本宮富士浅間神社本殿は拝殿の背後、瑞垣の内側に建つため、建物のそばへ寄ることはできず、内部の公開も行われていない。外観は、拝殿の脇から東宮や西宮のほうへ回り、瑞垣越しに屋根を見上げる形になる。拝殿正面からは本殿はほとんど見えない。
撮影の決まりは神社の公式サイトに示されていない。祭典や祈祷が行われているあいだは控え、判断に迷うときは社務所で確かめるとよい。境内への行き方と参拝の条件は、北口本宮冨士浅間神社のページにまとめてある。
Q&A
- 北口本宮富士浅間神社本殿はいつ建てられ、いつ重要文化財になりましたか?
- 元和元年(1615年)の建立で、昭和28年(1953年)3月31日に重要文化財に指定されました。棟札1枚が附として指定に含まれています。
- 北口本宮富士浅間神社本殿を建てたのは誰ですか?
- 都留郡の領主で谷村藩主の鳥居土佐守成次です。それまでの本殿は西側へ移され、いまの西宮本殿になったと神社は伝えています。
- 北口本宮富士浅間神社本殿は東宮本殿・西宮本殿とどう違いますか?
- 3棟のうちこの本殿だけが一間社入母屋造で、正面に唐破風造の向拝を付けています。東宮本殿と西宮本殿はどちらも一間社流造です。
- 北口本宮富士浅間神社本殿は近くで見られますか?内部は公開されていますか?
- 本殿は拝殿の背後で高い瑞垣に囲まれているため、近寄ることはできず、内部の公開も行われていません。拝殿の脇へ回ると瑞垣越しに屋根を見られます。
- 北口本宮富士浅間神社本殿は何が評価されているのですか?
- 文化庁は、漆塗りに彫刻と鍍金の金具を用いた意匠が近畿地方の桃山建築に見劣りしないと評価しています。山梨県は、装飾が建築と一体になった優れた意匠の顕著な遺構としています。
基本情報
| 名称 | 北口本宮富士浅間神社本殿(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県富士吉田市上吉田諏訪内 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)3月31日 |
| 員数 | 1棟(附 棟札1枚) |
| 寸法 | 桁行1間、梁間2間、一間社入母屋造、向拝1間唐破風造、檜皮葺 |
| 所有者 | 北口本宮富士浅間神社 |
| 公開状況 | 境内は参拝自由。本殿は瑞垣の内側で、外観を瑞垣越しに見る形。内部は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):北口本宮富士浅間神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/846
- 山梨県:山梨の文化財ガイド KB0027 北口本宮冨士浅間神社本殿
- https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0027.html
- 山梨県:山梨の文化財ガイド KB0050 北口本宮冨士浅間神社8棟
- https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0050.html
- 富士吉田市:国指定文化財
- https://www.city.fujiyoshida.yamanashi.jp/page/1096.html
- 北口本宮冨士浅間神社:由緒
- https://www.sengenjinja.jp/yuisho/index.html
最終更新日: 2026.10.03