醸造場の心臓部

萬乗醸造元蔵は、愛知県名古屋市緑区大高町字西門田にある明治中期建築の木造2階建の仕込蔵で、平成19年(2007年)7月31日に国の登録有形文化財に登録された。

元蔵、すなわち仕込蔵とは、蒸米と麹と酵母と水を大きなタンクの中で合わせ、ひと月ほど発酵させる部屋である。酒蔵の敷地に建つ他の建物は、突き詰めればこの一棟に材料を送り込むか、ここから出てきたものを処理するために存在している。

萬乗醸造の敷地には12件の登録有形文化財がある。主屋、旧精米作業場、瓶詰作業場、元蔵、中蔵、新蔵、白米倉庫、離れ、土蔵、内井戸、旧仕込蔵及び樽修理場、外井戸。元蔵は主屋の南方に位置し、東側が瓶詰作業場に接する。

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桁行9間、梁間8間。現在の単位に直せばおよそ16.4メートル×14.5メートルである。切妻造、桟瓦葺、木造2階建で、建築面積は338平方メートル。

北面の東寄りには、南北方向に別棟が取り付く。桁行6間半、梁間4間の米蒸し室である。甑を据え、仕込みのある日の朝はここから始まった。米蒸し室の西に配されているのが試験室で、酸度やアルコール分、各タンクの発酵の進み具合を確かめる場所にあたる。

この試験室という一語は、見た目より含みがある。明治期の酒蔵に専用の試験室があるということは、この蔵が勘だけでなく数値で酒を捉える方向へ既に踏み出していたことを示す。国の醸造試験所が分析手法を体系化していく、ちょうどその前後の時期にあたる。

外部は簓子下見板張。下見板の重なり目に合わせて刻みを入れた簓子を縦に打ち、板を押さえる納まりである。手間のかかる仕事で、平らな下見板張にはない影の連なりが壁面に生まれる。

登録の理由

本件に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。大高は旧東海道の間道筋にあたる集落で、古くからの醸造地でもあった。低く連なる瓦屋根と板張りの壁面という萬乗醸造の一群の姿は、20世紀の建て替えがコンクリートに置き換えてしまう前の、日本の醸造町の標準的な景観である。

登録有形文化財の制度は重要文化財の指定より規制が緩く、届出制を基本とする。この違いは本件では決定的な意味を持つ。稼働中の酒蔵は設備を凍結保存できない。冷却設備を入れ、タンクを更新し、食品衛生の基準に応じる必要がある。建物を生かしたまま使い続けさせる仕組みとして登録制度は設計されており、ここではそれが機能している。

この蔵を使う家

久野家に伝わるところでは、創業は正保4年(1647年)。当初は庄屋であった。酒造業を始めたのは9代目の当主とされ、享保年間、18世紀前半のことと伝わる。当主は代々「九平治」を名乗る。

長らく「酒望子」「萬乗」「鯱誉」などの銘柄で地域向けの商いを続けてきたこの蔵は、平成8年(1996年)に方向を変えた。15代目久野九平治が立ち上げた「醸し人九平次」は、純米大吟醸クラスに絞った酒である。蔵元自らフランスへ渡って売り込むという当時としては異例の手を打ち、パリのミシュラン三つ星店のリストに載るに至った。

平成22年(2010年)からは兵庫県西脇市黒田庄町の自社田で山田錦を栽培している。圃場を区分し、それぞれの地名を冠して別々に商品化する手法は、ブルゴーニュの村名格付けを参照したものである。平成28年(2016年)にはブルゴーニュにワイン畑を取得し、「ドメーヌ・クヘイジ」の名で醸造を行っている。その全体の起点にあるのが、この元蔵という一棟である。

大高を歩く

訪問を計画する前に確認しておきたい。萬乗醸造は稼働中の酒蔵であり、観光施設ではない。有料の見学ツアーも、開館時間も、受付窓口もない。登録有形文化財となっている建物群は一般公開されていない。見学を希望する場合は会社へ直接、十分な余裕をもって問い合わせることになるが、断られる可能性が高く、それは当然の対応である。敷地内での撮影が可能だと前提してはならない。

訪ねる価値があるのは周辺の環境である。大高は細い路地が残る低層の旧集落で、歩けばこの地区の醸造関連建物がまとめて登録された理由がおおよそつかめる。最寄り駅はJR東海道本線の大高駅で、旧集落の中心はその西側にあたる。名鉄名古屋本線の左京山駅も利用できる。

数分の距離にある大高城跡は、永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いに至る過程で織田方と今川方が争った城の跡である。同じ大高には江戸時代築造の土蔵造りの酒蔵で酒を醸す山盛酒造もあり、こちらは訪問者を受け入れてきた経緯が長い。「醸し人九平次」の瓶は全国の地酒専門店で扱われており、それを造った建物に入るよりはるかに容易に手に入る。

Q&A

Q萬乗醸造元蔵は見学できますか。
Aできません。萬乗醸造は稼働中の酒蔵で、一般向けの見学プログラム、開館時間、受付窓口のいずれもありません。元蔵を含む登録有形文化財の建物群は公開されておらず、見学希望は会社へ直接問い合わせることになります。
Q萬乗醸造元蔵はどのような用途の建物ですか。
A仕込蔵です。蒸米、麹、酵母、水をタンクで合わせて発酵させる建物で、北面に米蒸し室が、その西に試験室が付属します。醸造工程の中核を担う一棟です。
Q萬乗醸造元蔵はいつ文化財に登録されましたか。
A平成19年(2007年)7月31日に登録有形文化財(建造物)として登録され、告示は同年8月13日です。登録番号は23-0237。同じ敷地内の他の11件も同じ区分で登録されています。
Q萬乗醸造元蔵はいつ建てられた建物ですか。
A文化庁の登録情報では明治中期、西暦では1868年から1911年の範囲とされています。萬乗醸造そのものの創業は正保4年(1647年)と伝わり、酒造業の開始は18世紀前半の9代目当主の代とされます。
Q萬乗醸造元蔵のある大高地区へはどう行けばよいですか。
AJR東海道本線の大高駅が最寄りで、名鉄名古屋本線の左京山駅も利用できます。旧集落はどちらの駅からも歩ける距離にあり、大高城跡が近くにあります。

基本情報

名称萬乗醸造元蔵
所在地愛知県名古屋市緑区大高町字西門田41
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 23-0237
指定年平成19年(2007年)7月31日 登録(告示は同年8月13日)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積338平方メートル。桁行9間、梁間8間。米蒸し室及び試験室付
所有者株式会社萬乗醸造
公開状況非公開。稼働中の酒蔵敷地内にあり、見学の受け入れ・拝観制度はない

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006577
名古屋歴まちネット 名古屋市の文化財
https://www.nagoya-rekimachinet.jp/bunkazai/
名古屋コンシェルジュ 名古屋の酒蔵特集
https://www.nagoya-info.jp/feature/detail/86/

最終更新日: 2026.08.06