海辺に建つ、室町中期の校倉

厳島神社宝蔵は、広島県廿日市市宮島町の厳島神社境内に建つ室町中期の校倉造の倉で、1393年から1466年のあいだの建築とされ、昭和24年(1949年)2月18日に重要文化財に指定された。

文化庁の国指定文化財等データベースは形式を一行で記す。桁行二間、梁間一間、校倉、寄棟造、檜皮葺。桁行二間・梁間一間はきわめて小さく、離れて見れば物置ほどの大きさに見える。近づくと壁が自分で説明を始める。校倉とは、木材を水平に積み上げ、隅で組み合わせて壁とする工法である。広島県教育委員会は、材を五角形の断面に刻んで組み合わせたものと説明する。張り出した稜を伝って雨が落ち、継ぎ目に染み込まない。

嚴島神社は厳島神社宝蔵を「寄棟、檜皮葺の校倉で室町時代の建築」とし、用途についても「もと当社の宝物、貴重品を収蔵していた」と明記している。この建物は容器であり、瀬戸内海に浮かぶ島で染織品や経巻や漆器を乾いた状態に保つという、たった一つの問題のために設計されている。

境内の指定建造物で唯一の校倉

校倉造は日本では珍しく、多くの人が名を知るのは奈良の正倉院を通してである。それより数百年下り、規模も比べものにならない小ささで宮島に建っていることが、厳島神社宝蔵の指定の理由になっている。この境内に立つ他の建物はすべて柱と梁で骨組を組み、板や漆喰で壁を埋める。壁そのものが構造を担っているのは、この一棟だけである。

昭和24年(1949年)2月18日の指定は1棟。棟札1枚がとして記録されている。文化庁は種別を神社ではなく「近世以前/寺院」としており、神社境内の倉が、明治の神仏分離まで同じ敷地を共有していた仏教側によって建てられ管理された例が多かったことを示している。

県は、広島県内の校倉を3棟しか数えていない。この宝蔵と、三次市の熊野神社宝蔵、府中町の多家神社宝蔵である。記録に残る修理も二度挙げており、天正16年(1588年)に毛利輝元が、慶長15年(1610年)に福島正則が手を入れている。

文化庁の示す年代が1393年から1466年という幅を持つのは意図的である。年を確定させる銘がなく、判断は構造の細部に拠っている。広島県教育委員会はこれをやや遡らせ、室町時代初期、14世紀ごろの造営と見ている。他所で断定的な年代を目にする前に、知っておく価値のあることだ。

中身はどこへ行ったか

何世紀ものあいだ、厳島神社宝蔵はその中身のためにあった。厳島神社は八百年を超える奉納の歴史のなかで経巻、武具甲冑、漆工品、楽器を蓄えてきた。それらが置かれていた場所である。県は、ここに納められていたものとして平家納経の名を挙げている。

それが終わったのは1930年代だった。昭和9年(1934年)4月、廻廊の出口正面に宝物館が竣工する。コンクリート造で、漆と白堊を塗り、屋根は銅板葺。木造の社殿と並んでも違和感が出ないよう外観をつくった建物である。嚴島神社は、社殿との調和を考えてコンクリートに漆を塗り外観を木造建築らしくしたのは日本で初めてだと記している。収蔵品はそちらへ移り、今も一部が入れ替えで展示されている。

倉は空になった。そして空であることが恒久的な状態になった。嚴島神社は中に入れないとしている。厳島神社宝蔵を見るということは壁を見るということで、そう書くと薄い体験に思えるかもしれないが、実際に前に立てば、積まれた段を数え、一材ごとに下の材へ合わせて削ってある様子を追うことになる。

厳島神社宝蔵の見学

倉は社殿の東側、天神社や廻廊の出口に近い海沿いに建ち、外から見るのに拝観券はいらない。公道からの撮影にも制限はない。内部は非公開で、解説板もない。

見落としやすい。厳島神社宝蔵は背が低く、周囲が朱塗であるなかで素木のままで、しかも神社の出口から大願寺へ向かう人の流れからわずかに引いた位置にある。檜皮の屋根と、横縞に見える壁を持つ小さな暗色の建物を探してほしい。

かつて納められていたものを見たいなら、宝物館は年中無休で午前8時から午後5時まで、拝観料は大人300円、社殿との共通券なら500円である。島へはJR宮島口駅または広電宮島口からフェリーで約10分、下船して徒歩10分ほど。廿日市市の宮島訪問税が1人100円かかる。

Q&A

Q厳島神社宝蔵の中に入れますか。
A入れません。嚴島神社は「中には入れません」としています。外から無料で見るかたちになります。
Q厳島神社宝蔵と宝物館は同じものですか。
A別の建物で、役割も違います。宝蔵は収蔵品を歴史的に納めてきた室町の校倉、宝物館は昭和9年(1934年)4月に竣工したコンクリート造の展示施設です。
Q厳島神社宝蔵の校倉造とはどういう工法ですか。
A木材を水平に積み、隅で組み合わせて壁とする工法です。材の下側の稜が外へ張り出すよう成形され、雨は稜を伝って継ぎ目に入りません。壁が構造を兼ねるため、柱と壁材を別に立てる必要がありません。
Q厳島神社宝蔵はいつ建てられたのですか。
A文化庁は室町中期、1393年から1466年という幅で示しており、単一の年を挙げていません。年代を確定する銘がなく、判断は構造の細部に拠っているためです。
Q厳島神社宝蔵は境内のどこにありますか。
A廻廊の出口に近い海沿いで、見学の主動線からわずかに引いた位置です。小さく暗く素木のままなので、朱塗の建物の中では見落とされがちです。
広島県教育委員会「国・県指定等文化財一覧」(PDF)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/640309.pdf

基本情報

名称厳島神社宝蔵(いつくしまじんじゃほうぞう)
所在地広島県廿日市市宮島町
指定区分重要文化財/世界遺産「厳島神社」の区域内
指定年1949年(昭和24年)2月18日
員数1棟/附 棟札1枚
寸法桁行二間、梁間一間、校倉、寄棟造、檜皮葺。室町中期、1393年から1466年
所有者厳島神社
公開状況外観は常時無料で見学可。内部は非公開。近くの宝物館は午前8時から午後5時まで、大人300円。宮島訪問税100円

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「厳島神社宝蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3183
文化遺産オンライン「厳島神社宝蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/195840
嚴島神社「文化財・建造物」
https://www.itsukushimajinja.jp/jp/culture.html
嚴島神社「拝観時間・拝観施設及び料金」
https://www.itsukushimajinja.jp/jp/admission.html
嚴島神社「アクセス」
https://www.itsukushimajinja.jp/jp/access.html
廿日市市「宮島訪問税の概要」
https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/soshiki/110/59551.html
広島県教育委員会「国・県指定等文化財一覧」(PDF)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/640309.pdf

最終更新日: 2026.09.08