参道で最初に出会う建造物

鹿島神宮楼門は、茨城県鹿嶋市大字宮中にある寛永11年(1634年)建立の二階建ての門で、昭和41年(1966年)6月11日に重要文化財に指定された。境内の入口近くに西を向いて立ち、大鳥居から東へ進む参拝者が最初に出会う建造物になる。高さは約13メートル。

奉納したのは水戸初代藩主の徳川頼房である。鹿島神宮は『鹿嶋社楼門再興次第記』を引き、三代将軍徳川家光の病気平癒の祈願を頼房が大宮司則広に依頼し、家光が快方に向かったため礼として奉納されたと説明する。社殿の造営から15年後の門であり、元和の社殿一式とは別の機会の寄進にあたる。

として旧雇十字ホゾ2組が指定に含まれる。二つの部材を別材の十字形のホゾでつなぐ仕口で、修理で取り替えられた古い部材が保存されている。

浅草で刻み、筏で運ぶ

この門は鹿嶋で一から刻まれたのではない。神社の説明によれば、浅草にあった水戸藩下屋敷で130余人の大工が部材を切組み、船筏に載せて水路を運び、現地で組み上げた。江戸から鹿島までの輸送を前提に、あらかじめ仕口を決めて刻む工程が組まれていたことになる。附指定の雇いホゾは、その組み立てを支えた金物に頼らない接合の一端を示す。

棟梁は坂上吉正。ただし出自の説明は資料によって分かれる。文化庁の国指定文化財等データベースは鎌倉時代以来の工匠の家柄である坂上氏の一人とし、茨城県教育委員会は越前の大工と記す。どちらも同一人物を指すが、この点は今後の確認を要する。文化庁は、鹿島神宮楼門を社殿の一環としてだけでなく建築工匠史の資料としても重要だと評価している。

左右に接続する回廊も寛永11年の作である。札所は後年の増設で、当初の構成には含まれない。

省かれた扉と、塗り直された朱

形式は三間一戸楼門、入母屋造、銅板葺。間口を3間とし、中央の1間を出入口とする。1階の両脇間は金剛柵で囲って床を張り、前寄りに随神像を安置する。中央間には扉口を構えるのが通例だが、鹿島神宮楼門では省略されている。くぐるときに上を見上げると、扉のない中央間の広がりがそのまま感じ取れる。

上階は下階の天井上に土台を置いて柱を立てる。組物は尾垂木をもつ和様三手先で桁を受け、軒は二軒繁垂木。総朱漆塗りとし、彩色は欄間などにわずかに置くだけの控えめな意匠でまとめている。茨城県教育委員会は、木鼻や虹梁に刻まれた渦文の繊細さと、組物の比例がやや平らになる点に、より古い門との時代の差を見ている。

屋根と塗装は近代に二度変わった。昭和15年(1940年)の大修理で丹塗りとし、昭和40年代に檜皮葺の屋根を銅板葺に改めている。文化庁のデータベースが構造欄に銅板葺と記すのはこのためで、創建時の仕様ではない。

直近では、令和6年(2024年)1月に屋根の葺き替えと塗装工事に着手し、令和8年(2026年)6月7日に竣工祭とくぐり初めが行われた。令和2年(2020年)に始まった「令和の大改修」の最後の工事にあたり、5年7か月の事業がこれで終わっている。塗装には社寺建築に古くから用いられる丹塗りの技法が使われた。いま門をくぐる人は、塗り替えて間もない朱を見ることになる。

鹿島神宮は自社の説明で、この門を日本三大楼門のひとつに数えている。残る二つが何を指すかは説明する側によって異なり、定まった典拠があるわけではない。

見学方法

境内に外部と区切る柵がないため、鹿島神宮楼門は時刻を問わずくぐることができる。拝観料はかからない。上階に登ることはできず、見学は下から見上げる形になる。両脇間の随神像は金剛柵越しに見える。

撮影は自由に行える。三脚やドローンを使う場合は社務所に確認したい。門を入って右手には授与所があり、御守や御札の授与と御祈祷の受付は午前8時30分から午後4時30分まで。宝物館は平成30年(2018年)から休館している。

近親者に不幸があってから50日に満たない場合は境内への立ち入りを控えるよう求められており、五十日祭の後にやむを得ず参拝する人は、門をくぐらず楼門右手の扉前にある祓所で忌祓いを受ける決まりになっている。所要は3分から5分ほどで、社務所へ申し出れば神職が出向く。

JR鹿島線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の鹿島神宮駅から徒歩7分。東京駅八重洲南口からは高速バス「かしま号」で約2時間、片道2,100円。第一駐車場は普通車60台で、通常日の午前7時から午後5時は2時間ごとに500円。令和8年(2026年)9月に営まれた式年大祭御船祭では、前日の提灯まちで大提灯がこの門の前で奉焼され、翌日の夕方には行宮御着輿祭が同じ場所で行われた。

Q&A

Q鹿島神宮楼門はいつ、誰が建てたものですか。
A寛永11年(1634年)、水戸初代藩主の徳川頼房が奉納しました。棟梁は坂上吉正です。昭和41年(1966年)6月11日に重要文化財に指定されています。
Q鹿島神宮楼門の改修工事は終わっていますか。
A終わっています。令和6年(2024年)1月に屋根の葺き替えと塗装に着手し、令和8年(2026年)6月7日に竣工祭とくぐり初めが行われました。5年7か月に及んだ「令和の大改修」の最後の工事で、現在は塗り替えて間もない朱の状態で見られます。
Q鹿島神宮楼門の屋根はなぜ銅板葺なのですか。
Aもとは檜皮葺でしたが、昭和40年代の工事で銅板葺に改められました。総朱漆塗りの丹塗りは昭和15年(1940年)の大修理によるものです。文化庁のデータベースが銅板葺と記すのは現状の仕様で、寛永11年の創建時の姿とは異なります。
Q鹿島神宮楼門の上階に登れますか。拝観料はかかりますか。
A上階へは登れません。見学は下から見上げる形になり、拝観料はかかりません。1階両脇間の随神像は金剛柵越しに見ることができます。撮影は自由ですが、三脚やドローンは社務所への確認をおすすめします。
Q鹿島神宮楼門へはどう行けばよいですか。
AJR鹿島線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の鹿島神宮駅から徒歩7分です。東京駅八重洲南口からの高速バス「かしま号」は所要約2時間、片道2,100円。第一駐車場は普通車60台で、通常日の午前7時から午後5時は2時間ごとに500円です。

基本情報

名称鹿島神宮楼門(かしまじんぐうろうもん)
所在地茨城県鹿嶋市大字宮中
指定区分重要文化財(建造物) 指定番号01617 附 旧雇十字ホゾ2組
指定年昭和41年(1966年)6月11日
員数1棟
寸法三間一戸楼門、入母屋造、銅板葺、高さ約13メートル
所有者鹿島神宮
公開状況時刻を問わず通行可、拝観料なし。上階は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 鹿島神宮楼門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/254
茨城県教育委員会 いばらきの文化財 鹿島神宮楼門
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-12/
鹿嶋市 鹿嶋デジタル博物館 鹿島神宮楼門
https://www.city.kashima.ibaraki.jp/site/bunkazai/50118.html
鹿島神宮 楼門
https://kashimajingu.jp/keidai_annai/%E6%A5%BC%E9%96%80/
鹿島神宮 よくあるご質問(参拝時間・忌祓い・交通手段)
https://kashimajingu.jp/info/%e3%82%88%e3%81%8f%e3%81%82%e3%82%8b%e3%81%94%e8%b3%aa%e5%95%8f/
鹿島神宮 アクセス・駐車場
https://kashimajingu.jp/info/%e3%82%a2%e3%82%af%e3%82%bb%e3%82%b9%e3%83%bb%e9%a7%90%e8%bb%8a%e5%a0%b4/

最終更新日: 2026.09.05