重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
大阪府河内長野市の天野山金剛寺で弘法大師の御影をまつる慶長11年(1606年)の御影堂。阿観が御影供を始めた堂の流れをくむ宝形造・総檜皮葺の建物で、東に観月亭が付く。檜皮屋根の傷みへの対応が課題になっている。
大阪府河内長野市の天野山金剛寺で中心伽藍の入口に立つ鎌倉時代後期の楼門。三間一戸で上層だけに入母屋造本瓦葺の屋根をかけ、増長天と持国天の二天像を安置する。門前には昭和13年に建てられた史蹟の標石柱が立つ。
大阪府泉佐野市日根野に建つ慈眼院金堂は、明治36年(1903年)に重要文化財に指定された鎌倉前期の小堂建築です。桁行三間、梁間三間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺の端正な姿で、隣接する国宝・多宝塔と並び立つ景観は日本遺産「日根荘」の象徴的な眺め。創建は天武天皇2年(673年)と伝わり、本尊薬師如来の祈り、苔の庭園、そして700年以上守り継がれてきた中世荘園の風景が訪れる人を迎えます。
重要文化財に指定された四天王寺は、元和9年造営の六時堂、元三大師堂、本坊方丈、五智光院、本坊西通用門、石舞台の6棟である。昭和20年の空襲を免れた境内唯一の近世建築群で、昭和29年9月に一括して指定された。
四天王寺鳥居は西門のさらに外に立つ石造明神鳥居で、永仁2年の造立とされる境内最古の建造物である。島木は木製で銅を包み、額束と額は銅製。西に沈む夕日を拝む場として知られ、昭和9年に重要文化財に指定された。
大阪市天王寺区にそびえる勝鬘院塔婆(通称:愛染堂多宝塔)は、慶長2年(1597年)に豊臣秀吉により再建された桃山時代を代表する多宝塔です。高さ約22.44m、一辺約6.5mの堂々たる規模を誇り、大阪市内に現存する最古の木造建造物として国の重要文化財に指定されています。蟇股に十二支が彫られた意匠や、内部を覆う立体金剛界曼荼羅も必見。毎年6月30日〜7月2日の愛染まつり期間中にはご開帳され、桃山建築の内部空間を体感できます。
旧杉山家住宅は大阪府富田林市富田林町にある江戸時代前期の町家で、重要文化財。寺内町富田林の創設にかかわった旧家で、のちに造り酒屋として栄えた。富田林の町家の中で最も古い遺構で、江戸中期の拡張で大規模な商家に整い、座敷部も美しい。
泉布観は大阪市北区天満橋にある明治4年(1871年)の旧造幣寮の応接所で、国の重要文化財。ウォートルス設計の煉瓦造2階建で、周囲にベランダを巡らせる。名は明治天皇の命名と伝わる。館内の公開は例年3月の数日間。
総福寺鎮守天満宮本殿は大阪府泉佐野市日根野の総福寺に建つ天正4年(1576年)頃の一間社春日造の本殿で、国の重要文化財。部材の保存がよく、細部の手法に特色があり、近世の神社建築の先駆けをなす遺構とされる。
旧造幣寮鋳造所正面玄関は大阪市北区天満橋にある明治4年(1871年)の造幣寮鋳造所の石造の玄関で、国の重要文化財。保存のため昭和9年(1934年)に明治天皇記念館(現在の公会堂)の玄関として移された。泉布観と同じ敷地にある。
大安寺本堂は大阪府堺市堺区の大安寺にある江戸時代前期の書院造の本堂で、国の重要文化財。豪商・納屋助左衛門の旧宅を移したとの伝えがあり、天和3年(1683年)に移築再建された。内部に狩野派の障壁画が残る。
大威徳寺多宝塔は大阪府岸和田市の大威徳寺に建つ永正12年(1515年)の三間多宝塔で、国の重要文化財。本堂の後方に建つ珍しい配置で、室町時代末期の手法をよく残す繊細な塔である。附として棟札2枚も指定されている。
建水分神社本殿は、一間社春日造の中殿と二間社流造の左右2殿を低い渡廊で結んだ室町時代中期の社殿で、明治33年(1900年)に指定された重要文化財。5柱をまつる神座の構成、屋根の見どころ、見学の条件を紹介する。
大阪府堺市南区の多治速比売神社本殿は、天文10年(1541年)造営の重要文化財。桁行三間、梁間一間の入母屋造で、向拝の手挟には芭蕉に蟷螂という他に例のない彫刻が残る。荒山公園に隣接し、本殿の見学は事前予約制。
大阪府岸和田市の積川神社本殿は、慶長8年(1603年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として手を入れた三間社流造の社殿。和泉五社の一社で、大正3年指定という府内でも早い保護対象にあたり、境内は自由に参拝できる。
大阪府泉南郡熊取町の中家住宅は、江戸時代前期の豪農住宅で、昭和39年(1964年)に国の重要文化財に指定された。近畿でも最大級の土間と喰違三間取りの平面が残り、入館無料・予約不要で一般公開されている。
大阪府河内長野市の長野神社本殿は、昭和16年に旧国宝として指定された一間社流造の社殿。幅一間の檜皮葺屋根に千鳥破風と軒唐破風が重なり、建築年代は桃山とも天文年間とも推定される。河内長野駅から徒歩5分。
大阪府河内長野市の天野山金剛寺にある子院、摩尼院。書院は昭和40年に重要文化財に指定され、令和元年には表門と築地塀二所が追加され4棟となった。正平9年から南朝の後村上天皇が約5年を過ごした行宮でもある。
水無瀬神宮客殿は大阪府島本町にある桃山時代の書院建築で、境内に現存する最も古い建物。桁行11.8メートル、入母屋造桟瓦葺。豊臣秀吉の寄進、福島正則の造営と伝わる。大正15年に重要文化財へ指定。三十畳の広間から庭ごしに茶室が見える。
水無瀬神宮茶室は大阪府島本町にある江戸前期の茶室で、燈心亭とも呼ばれる。格天井の一格ごとに灯心の材料とされた草木十種を張り、御所からの移築と伝わる。三畳台目の席をもち、大正15年に重要文化財へ指定された。予約制で拝観できる。