重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
栃木県芳賀郡益子町の西明寺本堂内陣、須弥壇上に据えられた黒漆塗の厨子。内部柱の墨書は応永元年(1394)を示すが、文化庁の解説は細部の手法から明応年間の楼門と同時期の作とも記す。昭和37年に重要文化財へ指定。
栃木県芳賀郡益子町の西明寺楼門は、15世紀末の建立とされる国の重要文化財。三間一戸、入母屋造の茅葺で、礎盤の上に立つ柱は三十二角に削られ、上層の勾欄を唐様の三手先斗栱が受ける。前室には仁王像を安置する。
栃木県芳賀郡益子町の地蔵院本堂は、天文十一年(一五四二)頃の建立とされ、大正五年に国の指定を受けた阿弥陀堂建築である。宇都宮氏の氏寺であった尾羽寺の遺構で、近くには宇都宮家累代の墓所と、重要文化財の綱神社本殿および大倉神社本殿が残る。
栃木県野木町の旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、明治22年頃に築かれたホフマン式輪窯。差し渡し32.6メートルの十六角形の環を高さ34.3メートルの煙突が貫く。全国に4基だけ残る輪窯の内部を、100円で一周できる。
栃木県益子町の綱神社境内に建つ摂社・大倉神社本殿は、大永7年(1527年)建立の一間社流造・茅葺の社殿。本社の綱神社本殿とともに国の重要文化財に指定され、小規模ながら室町後期の手法をよく示す。八角の身舎内部や三斗組の細部に見どころがある。
栃木県益子町に立つ綱神社本殿は、室町時代の三間社流造・茅葺きの社殿。宇都宮朝綱が土佐から戻り、賀茂明神を勧請したのが始まりと伝わる。素朴で力強い室町期の彫刻が残り、大正5年に国の重要文化財に指定された。
栃木県芳賀郡茂木町の旧羽石家住宅は、元禄2年(1689年)の棟札を伴う寄棟造茅葺の農家住宅。桁行16.4メートル、二重梁を多用した低い梁組と、土間に立つ手斧削の独立柱が残る。内部は事前予約制で見学できる。
鑁阿寺経堂は栃木県足利市家富町にある経蔵で、昭和59年に重要文化財に指定された。内部の八角輪蔵に一切経二千余巻を納め、足利歴代将軍の木造坐像も安置する。もこし付経蔵として全国屈指の規模をもち、太い木割に中世の遺風を残す。
鑁阿寺鐘楼は栃木県足利市家富町に建つ鎌倉後期の鐘楼で、明治41年に本堂と同日付で重要文化財に指定された。袴腰付の入母屋造本瓦葺、上層は四方吹放し。木鼻や斗栱に禅宗様の特色が現れ、中央には江戸期の天明鋳物の梵鐘が下がる。
古河橋は栃木県日光市足尾町の渡良瀬川に架かる明治23年(1890年)の鋼製トラス橋で、重要文化財。足尾銅山の近代化の一環としてドイツのハーコート社製の部材をボルト接合で組み立て、原位置に残る同社の橋で国内最古とされる。
栃木県那須町伊王野の重要文化財。江戸時代に交代名主と問屋を務めた三森家の住まいで、享保18年(1733年)建立の茅葺き主屋と、明治期の長屋門が一構えで伝わる。県北部の上層民家を代表する大型の古民家で、土間のいろりやうまや、上段の間が残る。
村檜神社本殿は栃木県栃木市岩舟町小野寺にある室町時代後期の三間社春日造の本殿で、重要文化財。檜皮葺の屋根をもち、藤原秀郷が戦勝を祈願したと伝わる古社に建つ。指定は明治41年の旧法による指定にさかのぼる。
栃木県日光市の二荒山神社中宮祠宝物館に伝わる「金銅装神輿」三基は、南北朝時代に制作された国指定重要文化財。坂東風の力強い造形と精緻な金銅装飾を備え、毎年春の例祭「弥生祭」で実際に渡御する、約700年の歴史を生きる神器です。
栃木県日光市の日光二荒山神社が伝える重要文化財「三鈷柄剣」。密教の三鈷杵をかたどった金銅製の柄に平安時代の古剣を組み合わせた、神仏習合の祈りを今に伝える稀有な宝物です。剣身と柄が当初の姿を留める数少ない遺品で、奥日光・中宮祠の宝物館で時折公開されています。
栃木県足利市・光得寺が所蔵する厨子入木造大日如来坐像は、足利源氏の祖・足利義兼が晩年自ら背負って巡歴したと伝わる、像高約32センチの小さくも荘厳な金剛界大日如来像です。X線調査で運慶作品と共通する納入品が確認され、運慶またはその慶派工房による鎌倉時代初期の作と考えられ、昭和63年に国の重要文化財に指定されました。円筒形の厨子内には三十六躯の仏菩薩像が配され、金剛界曼荼羅の小宇宙を成しています。現在は東京国立博物館に寄託されており、特別展示の折に拝観の機会があります。
栃木県宇都宮市の大谷寺に伝わる「大谷磨崖仏」は、自然の岩窟の壁面に4組10体の仏像が彫り出された、日本を代表する磨崖仏です。本尊の千手観音をはじめ、釈迦・薬師・阿弥陀の三尊像が並び、特別史跡と重要文化財の二重指定を日本で初めて受けた極めて貴重な文化財として知られています。
宇太水分神社末社春日神社本殿は、宇陀市菟田野の宇太水分神社にある室町時代中期の重要文化財。国宝の本殿と同じ一間社隅木入春日造を少し小ぶりに建て、春日大社・興福寺の荘園の縁で勧請されたと伝わる。見どころと瑞垣内拝観を紹介。
宇太水分神社末社宗像神社本殿は、宇陀市菟田野の宇太水分神社にある室町時代後期の重要文化財。春日造が4棟並ぶ高台に、ただ1棟の一間社流造として建つ。隣の春日神社本殿との屋根の向きの違い、修理の経緯、瑞垣内拝観を紹介。
奈良市忍辱山町の圓成寺境内、春日堂・白山堂のすぐ東隣に覆屋で守られて建つ鎌倉時代後期の社殿。一間社春日造で向拝を唐破風とし、奈良県内最古級の例とされる。昭和27年(1952年)に重要文化財に指定された。
奈良市忍辱山町、圓成寺の西南約200メートルの共同墓地に立つ鎌倉時代後期の石造五輪塔。地輪に元亨元年(1321年)と一結衆の銘があり、奈良県内で最古の紀年銘を持つ。高さ約2.34メートル、昭和32年(1957年)に重要文化財指定。