重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
松尾寺本堂は奈良県大和郡山市山田町の松尾寺にある建武4年(1337年)の本堂で、重要文化財。室町時代前期の、正面・側面とも5間の一重入母屋造・本瓦葺の堂で、明治35年(1902年)7月31日に指定されている。
南法華寺三重塔は奈良県高取町の壷阪寺にある明応6年(1497年)の三重塔で、重要文化財。三間三重の本瓦葺で、同じ頃の礼堂とともに壷阪寺の境内に残る。初層には秘仏の大日如来坐像を祀り、特別公開の時に開かれる。
南法華寺礼堂は奈良県高取町の壷阪寺にある室町時代中期の仏堂で、重要文化財。八角円堂の本堂の前に独立して建つ珍しい礼堂で、桁行5間・梁間4間の入母屋造本瓦葺。建立は明応6年の三重塔と同じ頃と文化庁はみる。
奈良県宇陀市の室生寺五輪塔は、室町時代前期の石造五輪塔で重要文化財。壇正積の基壇に主塔と小五輪塔2基を配し、中世の由緒ある墓所の形式を伝える。大正5年の発掘では、塔の下から納骨壷が、軸石からは木製五輪塔が見つかっている。
奈良県宇陀市の室生寺納経塔は、平安時代後期の石造二重塔で重要文化財。塔身は中空で経筒を納め、塔の下からは琥珀玉や舎利容器、和銅開珎などが見つかっている。如意峰の上に立ち、通常の拝観順路には含まれていない。
奈良県宇陀市の室生寺、その最奥「奥の院」に佇む御影堂(重要文化財)。約700段の石段を登り切った先に立つ室町時代前期の建築で、弘法大師を祀る大師堂として現存最古級の一つ。方三間・宝形造・厚板段葺という類例のない屋根形式が特徴。女人高野として女性の参詣を受け入れてきた古刹の、最も神聖な場所を訪ねます。
奈良県宇陀市の室生寺に建つ弥勒堂は、鎌倉時代前期の建築技法を伝える国指定重要文化財。入母屋造・杮葺の三間堂で、二重屋根の小屋構造など中世建築の貴重な遺構を残します。本尊・弥勒菩薩立像(重文)をはじめ、奈良時代後期から平安時代初期の名仏が伝わり、女人高野として知られる古刹の歴史と魅力をご紹介します。
奈良盆地南部、橿原市新賀町に建つ江戸中期の大規模民家。享保十七年(一七三二)頃の主屋は大和棟の最も古い例とされ、内蔵・別座敷・表門・宅地とともに重要文化財に指定。環濠をめぐらした十市郡新賀組大庄屋の屋敷である。
享保12年(1727)に春日大社本社本殿の第四殿として造営され、延享4年(1747)に大柳生の立磐神社へ移された一間社春日造の本殿。背後の磐座をご神体とし、春日大社では難しい本殿の間近な拝観ができる重要文化財。
奈良市西ノ京の薬師寺南門は永正9年(1512)の建立。もとは薬師寺西院の門で、のちに焼失した南大門の礎石上へ移されました。白鳳伽藍の南端に立つ室町期の四脚門で、くぐると東塔と西塔が正面に並ぶ重要文化財です。
奈良市西ノ京、薬師寺の鎮守である休岡八幡宮に建つ若宮社社殿。慶長8年(1603)再建の本殿より三世紀ほど古い鎌倉時代後期の建築で、一間社春日造・檜皮葺。大正2年(1913)に重要文化財へ指定された、境内最古の社殿です。
奈良市東部、柳生へ続く道沿いの山里に建つ八阪神社本殿。室町後期の一間社流造で、檜皮葺が多いこの形式にはめずらしい厚板段葺の屋根を持つ重要文化財。かつて同じ集落にあった大慈仙寺の鎮守社と伝わり、無人・無料で外観を見学できる。
奈良県吉野山の斜面に建つ吉水神社書院は、書院造の初期の姿を残す重要文化財。源義経が潜居し、後醍醐天皇が行宮とした建物で、玉座の間は豊臣秀吉により桃山風に改められた。世界遺産の構成資産でもある一棟を紹介する。
来迎寺宝塔は奈良県奈良市来迎寺町の来迎寺にある延慶3年(1310年)の石造の宝塔で、重要文化財。鎌倉時代後期の年代が明らかな石造の宝塔として、昭和29年(1954年)3月20日に重要文化財に指定されている。
律学院本堂は法隆寺東大門の外に建つ子院・律学院の本堂で、寛永4年(1627年)に建てられた国の重要文化財である。聖霊院に酷似した妻入の形式、唐破風付きの厨子、評価された部材と意匠、見学の仕方を解説する。
霊山寺三重塔は、奈良市中町の霊山寺に建つ三間三重塔婆で、明治32年に重要文化財に指定された。総高17メートルの檜皮葺の小塔で、建立年は文化庁が1356年、寺が1283年頃とし、建立年代の見解が分かれている。
霊山寺鐘楼は、奈良市中町の霊山寺にある室町時代中期の鐘楼で、昭和18年に重要文化財に指定された。袴腰付の入母屋造、檜皮葺の一間四方の建物で、寛永21年(1644年)に鋳造された銘文入りの梵鐘を吊っている。
蓮長寺本堂は奈良県奈良市油阪町にある承応2年(1653年)の日蓮宗寺院の本堂で、重要文化財。前面を吹き放しとし、その部分にも彩色を施し、天井に天女・龍・鳳凰などを描く華やかな本堂で、主要部に改造が少ない。
和爾下神社本殿は奈良県天理市櫟本町にある慶長年間(1596〜1615年)の神社の本殿で、重要文化財。桃山時代の桁行三間・梁間一間の切妻造で、向拝一間を付けて屋根を檜皮で葺く。昭和13年(1938年)に指定された。
奈良・興福寺に伝わる重要文化財「絹本著色二天王像」は、鎌倉時代に絹地に描かれた仏画で、本来は四天王の一具として制作されながら、現在は二幅のみが現存する貴重な作品です。1180年の南都焼討後の興福寺復興期に、南都絵所の絵師たちが奈良時代の古典に範をとりつつも鎌倉新様式の萌芽を示した名品で、復興の精神そのものを体現しています。通常は非公開で、特別展などの限られた機会に拝観できます。