重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
福岡県添田町、英彦山への旧参道沿いに建つ茅葺の農家。座敷の墨書から天保13年(1842年)の建築と判明した。整形六間取の直屋で、雨の当たる東壁を割竹で覆う。県内の直屋の好例として重要文化財に指定され、内部を無料で見学できる。
福岡県糸島市の髙祖神社本殿は、天文10年(1541)に原田氏が造営し、6枚の棟札とともに令和5年(2023)に国の重要文化財に指定された県下最古級の社殿。三間社流造・檜皮葺の姿を、高祖山西麓の鎮守の杜に訪ねる。
天正19年(1591)に小早川隆景が再建した桃山期の重要文化財。菅原道真公の墓所に建つ霊廟形式の社殿で、現在は令和の大改修中。3年間限定で建てられた藤本壮介設計の仮殿が本殿前に立ち、2026年に改修完了予定。
心字池の太鼓橋脇に建つ志賀社本殿は、長禄2年(1458年)建立と伝わる太宰府天満宮境内最古の建物。海神・綿津見三神を祀る一間社で、明治40年に重要文化財に指定された。福岡県内最古の神社建築であり、桃山期の御本殿と並ぶ貴重な遺構である。
福岡県太宰府市の九州国立博物館に常設展示される重要文化財「多宝千仏石幢」は、中国・遼の大康10年(1084)に建立された総高5.5メートル・重量3.5トンの八角石造仏教モニュメント。如来・菩薩・飛天・伽陵頻伽など多彩な尊像と梵字の真言・陀羅尼が彫られ、遼代仏教彫刻の基準作例として国際的にも貴重。1927年に京都へ寄贈され、2005年に九州国立博物館へ移設されました。
筥崎宮鳥居は福岡市東区にある慶長14年(1609年)の石造明神鳥居で、1955年に重要文化財に指定された。黒田長政の建立銘が柱に残り、笠木と島木を一石で造り、貫と笠木の長さをそろえた「筥崎鳥居」の代表例とされる。
筥崎宮拝殿は福岡市東区にある室町時代後期の拝殿で、1907年に重要文化財に指定された。桁行4間・梁間1間の切妻造檜皮葺で、壁のない四方吹き放ち。妻を正面に向けて本殿にT字形に接し、2重の梁組と蟇股の絵様が見どころ。
筥崎宮本殿は福岡市東区にある室町時代後期の九間社流造で、1907年に重要文化財に指定された。大内義隆の建立で、正面9間すべてに登高欄付きの木階を備え、左右に縋破風の車寄せが付く。棟札11枚も附として指定されている。
筥崎宮楼門は福岡市東区にある桃山時代の三間一戸楼門で、1902年に重要文化財に指定された。文禄3年に小早川隆景が建て、建坪12坪に83坪余りの檜皮葺の屋根を三手先の組物で支える。「敵国降伏」の扁額から伏敵門とも呼ばれる。
風浪神社五重塔は福岡県大川市酒見の風浪宮の境内にある正平10年(1355年)の石造の五重塔で、重要文化財。南北朝時代の南朝の年号を示す塔で、明治43年(1910年)に指定された。文化庁DBに解説文はない。
風浪神社本殿は福岡県大川市酒見の風浪宮にある永禄3年(1560年)の本殿で、重要文化財。三間社流造・檜皮葺で、福岡県観光連盟によれば領主蒲池鑑盛の再建で、慶長5年(1600年)の八院合戦で唯一焼け残った。
福岡城南丸多聞櫓は福岡県福岡市中央区城内の福岡城跡にある江戸時代末期の櫓で、重要文化財。黒田長政が築いた福岡城の遺構で、二重二階の隅櫓と長さ30間の平櫓からなり、嘉永7年(1854年)に大改修を受けている。
旧福岡県公会堂貴賓館は福岡県福岡市中央区西中洲にある明治43年(1910年)の木造2階建の洋風建築で、重要文化財。福岡県技師三條栄三郎の設計で、外装を石造に見せたモルタル仕上げとし、数少ない明治の木造公共建築である。
普門院本堂は福岡県朝倉市杷木志波の普門院にある鎌倉時代後期の本堂で、重要文化財。正面・側面とも3間の一重の堂で、宝形造・本瓦葺とし、正面に三間の向拝を付ける。大正2年(1913年)4月14日に指定された。
南河内橋は福岡県北九州市八幡東区の河内貯水池に架かる大正15年(1926年)の鋼製二連トラス橋で、重要文化財。旧八幡製鉄所が直営で設計施工し、正立と倒立の曲弦トラスを組み合わせたレンズ形の主構をもつ。
福岡県糟屋郡新宮町上府の横大路家住宅は、江戸中期の茅葺の曲屋で、九州地方最古の民家と考えられる。昭和52年に国の重要文化財へ指定された。最澄の伝承から「千年家」と呼ばれる。現在は休館中で外観のみ見学可。
福岡県鞍手町の長谷寺に伝わる木造十一面観音立像。大和の長谷寺の僧が背負ってきたと伝わる、平安時代の一木造で、像高約187センチ。面長で厳しい顔立ちと、樟の一枚板に彩色した挙身光背をもつ、九州最古級の仏像です。
福島県南会津郡只見町の旧五十嵐家住宅は、享保3年(1718年)建立の県内最古の農家住宅。柱の墨書で建立日と大工名が判明し、昭和47年に重要文化財に指定された。移築時に中門を撤去し当初の姿へ復原。日本海側系統の太い木割も見どころ。
福島県河沼郡会津坂下町の旧五十嵐家住宅は、享保14年(1729年)建立の中堅層農家。全室に天井がなく、居間は土座、柱は丸石に直接立つ石場建て。昭和46年に重要文化財へ指定され塔寺に移築復原された。恵隆寺立木観音に隣接。
恵隆寺観音堂は、福島県河沼郡会津坂下町塔寺にある鎌倉時代後期の茅葺の仏堂で、明治37年に指定され現在は重要文化財である。桁行五間の寄棟造の大堂で、塔寺の立木観音と呼ばれる大きな千手観音立像を祀っている。