鹿児島県の登録有形文化財
鹿児島県 · 登録有形文化財
宮ヶ浜港防波堤(捍海隄)は、鹿児島県指宿市の宮ヶ浜港にある天保5年完成の石造の防波堤で、平成20年に登録有形文化財となった。薩摩藩主島津斉興が築かせたもので、延長220メートルのくの字形をなす。
森山家住宅石倉は鹿児島県霧島市横川町にある大正5年ごろの木骨石造倉庫で、平成17年に登録有形文化財となった。桁行9間の大きな倉で、南面の下屋にアーチ形の戸口が2つ並ぶ。企業の所有で、内部は公開されていない。
森山家住宅旧作業場は鹿児島県姶良市加治木町にある江戸末期の作業場で、平成19年に登録有形文化財となった。第1期集成館の建物を移したと伝わり、釿の削り痕が残る古材や、登梁に母屋束を立てる独特な架構が見られる。
森山家住宅主屋は鹿児島県姶良市加治木町にある明治37年建築の和風住宅で、平成18年に登録有形文化財となった。庭側を客用、西側を家族用に分け、屋久杉の透彫欄間や鉄製の釘隠しが残る。内部は予約制で見学できる。
森山家住宅土蔵は鹿児島県姶良市加治木町にある明治37年建築の蔵で、平成14年に登録有形文化財となった。腰の石造が通例より高く、庇を支える持ち送りは森山家の鋳造で再現が難しいとされる。北の蔵は展示室で、内部は予約制。
八板家住宅主屋は、鹿児島県西之表市西町の西之表旧港にある江戸時代末期の町家で、平成29年に登録有形文化財となった。妻入で、中の間の上に船底型の吹き抜けの天井をもつ、港町に残る近世町家の遺構である。
明治30年(1897)、台湾割譲後の南方航路整備のため永田岬に築かれた屋久島灯台。煉瓦と御影石の折衷造りで、扇形の附属舎や歯飾の軒をもつ。ブラントン型煉瓦灯台の日本最後の作例とされ、現存する明治期煉瓦灯台では最南端に立つ。
屋久島灯台の構内を囲う延長136mの石塀。明治30年(1897)、灯台と同じ年に築かれた。屋久島産の花崗岩を三段に積み、上に煉瓦を三段重ねて笠石状に仕上げる。過酷な海岸の気象に耐える重厚な造りで、灯台と同日に登録有形文化財となった。
鹿児島県南九州市知覧町南別府の安田家住宅主屋は明治中期の木造平屋建。桁行7間梁間4間半、西を寄棟造、東を入母屋造とする東西棟の桟瓦葺で、土間・シモザ・ナカエ・オモテを一棟に納める。平成19年に登録有形文化財となった。
鹿児島県南九州市知覧町南別府の安田家住宅土蔵一は明治中期の土蔵造2階建。桁行3間梁間2間半、主屋の西で通りに接して建ち、切石布積の基礎に漆喰壁を立てる質実簡明な外観をもつ。平成19年に登録有形文化財となった。
鹿児島県南九州市知覧町南別府の安田家住宅土蔵二は明治中期の土蔵造2階建。土蔵一の南に南北棟で連続して建ち、通り側の屋敷構えを造る。棟高はやや低く、正面のみ漆喰を軒まで塗り込める。平成19年に登録有形文化財となった。
鹿児島県南九州市知覧町南別府の安田家住宅門及び石垣は明治中期の石造。屋敷地北側西端の間口3.1メートルの門から切石2〜5段の石垣が延び、高さ0.7〜1.4メートル、総延長77メートルに及ぶ。平成19年に登録有形文化財となった。
鹿児島県姶良市の山田の凱旋門は、日露戦争から戻った村人113名を迎えるため明治39年に山田村兵事会が建てた石造の門。凝灰岩を15段積み、高さ4.7メートル。奥の石段を登れば招魂社と桜島の眺めが開ける。
南九州市知覧町永里に建つ横峯家住宅主屋は、明治10年頃の茅葺民家。オモテとナカエを小棟でつなぐ知覧型二つ家で、現存わずか3棟のうちの1棟にあたる。平成19年に国の登録有形文化財となった。個人所有のため非公開。
南九州市知覧町南別府の吉田家住宅土蔵は、明治8年頃の土蔵造2階建。主屋に近接して建ち、漆喰を軒まで塗り込める。基礎の切石布積には長さ3.8メートルの石を含む。平成19年に国の登録有形文化財。個人所有のため非公開。