宮城県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 宮城県宮城県に所在する重要文化財。
宮城県仙台市若林区にある慶長12年(1607年)竣工の仏堂で、桁行5間、梁間5間、一重の入母屋造。妻飾りは素木造で、内部の厨子は豊かな装飾をもつ。明治36年(1903年)に重要文化財に指定された1棟。
宮城県蔵王町曲竹の我妻家住宅は、宝暦3年(1753年)建築の茅葺寄棟の主屋に文庫蔵・前蔵・板蔵が並ぶ江戸中期の豪農屋敷。表門や宅地まで重要文化財に含まれ、2度の地震からの修理を終えて毎月第3日曜日に公開されている。
角田市高倉の高蔵寺阿弥陀堂。治承元年(1177年)ごろの建立と伝わる宮城県最古の建築で、方3間の宝形造・茅葺の素木造。巨大な円柱に舟肘木をのせた簡素な堂に、全高5メートルを超す阿弥陀如来坐像を安置する。
宮城県角田市高倉の高蔵寺境内にある江戸後期の茅葺の農家。旧仙台藩領の中型農家で、広間型三間取りの間取りに全体の4割を占める土間をもち、鳥居建の太い柱が並ぶ。昭和47年に現在地へ移築され、見学は自由である。
鹽竈神社は宮城県塩竈市一森山の神社で、仙台藩主伊達綱村が元禄8年(1695年)に着手し、吉村が宝永元年(1704年)に完成させた本殿など14棟と鳥居1基が重要文化財。三つの本殿はいずれも三間社流造・檜皮葺で、随身門や寛文期の拝殿が並ぶ。
宮城県松島町の瑞巖寺で、御成玄関のほぼ正面に建つ慶長14年(1609年)頃の薬医門。天皇・皇族・藩主専用の門で、入母屋造本瓦葺の重厚な構えに七宝輪違いの装飾を施す。附の太鼓塀2棟とともに重要文化財である。
宮城県松島町の海辺の小島に建つ瑞巖寺の仏堂で、慶長9年(1604年)に伊達政宗が造営。宝形造本瓦葺の方3間の堂で、蟇股に十二支を彫る。五大明王像は33年に一度開帳。透かし橋を渡って参拝する。重要文化財。
宮城県松島町の瑞巖寺で、本堂の正面に建つ慶長14年(1609年)頃の四脚門。瑞巖寺の建物で唯一のこけら葺で、壁がなく骨組を見せる雄勁で枯淡な門。独創的な絵様肘木と虹梁木鼻をもつ。附の太鼓塀とともに重要文化財。
宮城県仙台市青葉区土樋の東北学院旧宣教師館は、明治20年頃に建てられた木造洋風住宅で、平成28年に重要文化財に指定された。デフォレスト館の通称で知られ、外国人宣教師住宅の最初期の例。現在は外観のみ見学できる。
宮城県登米市登米町の旧登米高等尋常小学校校舎は、明治21年に建てられた木造二階建のコの字型校舎で、昭和56年に重要文化財に指定された。設計は宮城県技手の山添喜三郎。現在は教育資料館として公開されている。
宮城県名取市手倉田の旧中澤家住宅は、江戸後期の寄棟造茅葺の中型農家で、昭和49年に重要文化財に指定された。田の字型四間取りと土間の三本の独立柱を特徴とする名取型の民家で、愛島塩手から十三塚公園内へ移築された。
宮城県名取市大曲の洞口家住宅は、宝暦年間の建立と考えられる旧仙台領最大級の茅葺農家。堀といぐねに囲まれた屋敷構えごと昭和46年に重要文化財へ指定され、土間には格式を示す名付きの独立柱が数本立っている。
宮城県加美町の松本家住宅は、仙台藩の重臣奥山家に家老として仕えた家に伝わる江戸後期の住宅。座敷部と土間部を別棟として建てる分棟型で、在郷武士の住まいの古い遺構として昭和46年に重要文化財に指定された。
嘉暦元年(1326年)、瑞巌寺の前身・円福禅寺の庫裏に掛けられた銅鋳の雲版。蓮華の撞座と日月の意匠を持つ国重要文化財を、松島・瑞巌寺青龍殿で。
宮城県松島町・雄島の南端に立つ「奥州御島頼賢碑」は、徳治2年(1307)に22年間島から出ずに修行を続けた僧・頼賢の徳をたたえ、弟子30余人が建てた高さ3メートル超の粘板岩製の石碑です。碑文は18行643字の草書で、撰文・揮毫はいずれも来日した元の高僧・一山一寧。鎌倉時代末期の貴重な草書碑として、また松島寺院史の一級史料として、国の重要文化財に指定されています。
青森県亀ヶ岡遺跡から出土したと伝わる、長さ9センチの完形の硬玉(翡翠)製磨製石斧。1973年に重要文化財に指定された本品は、宮城県多賀城市の東北歴史博物館に収蔵されています。糸魚川から津軽へ、縄文時代の広域交易と高度な研磨技術、そして祭祀の精神を今に伝える希少な一品です。
北海道日高のアイヌの家に宝刀として伝来した白長覆輪太刀。総銀造の拵に鍍金の痕跡を残す鎌倉時代の異式太刀で、蝦夷拵の古例として希少。宮城県多賀城市の東北歴史博物館に所蔵される重要文化財。