児玉家住宅とは

児玉家住宅は、長野県東御市大字和にある明治期の養蚕農家の屋敷で、明治26年(1893年)に工事が始まり明治43年(1910年)に完成し、主屋以下12件が平成12年(2000年)に国の登録有形文化財となった。登録年月日は平成12年9月26日、告示は同年10月11日で、登録番号は20-0077から20-0088まで連番で振られている。

屋敷が建つのは千曲川を望む南西斜面の山裾である。敷地は松代・祢津往還道に南面し、道の側には石垣と土塀、その上に土蔵と表門が並ぶ。所有は有限会社ヤマタマで、屋敷は現在も住まいとして使われている。読みは「こだまけじゅうたく」。地元では屋敷のある一帯を東上田と呼び、屋号を用いた呼び方も残る。

隠居分家として17年かけて造営された

児玉家は古くから東上田に住み、明治時代初期からは味噌と醤油の醸造を営んでいた。児玉彦助(大正11年・1922年没)が隠居分家するにあたり、自宅の裏手にあたる斜面へ新しい屋敷を構えたのが児玉家住宅である。東御市の記録では、工事の着手は明治26年(1893年)、完成式は明治43年(1910年)で、畑や竹林を含む敷地は約2,000坪、宅地は約900坪とされる。

17年という工期は、12棟が一度に建ったのではないことを示している。文化庁の登録原簿にある年代を並べると、土蔵・長屋・味噌部屋・乾燥室・表門・西門・西塀・南塀石垣は明治34年(1901年)頃、主屋は明治39年(1906年)頃、蚕室・東門・北塀は明治43年(1910年)頃にあたる。馬屋だけが遅れて昭和初期に建てられた。屋敷の外周を先に固め、住まいと蚕室を後から据えた順序が読み取れる。

養蚕が信州の農村経済を支えた時期と、この造営期はそのまま重なる。屋敷の規模は一代で築かれたものではなく、本家の家業と分家の蚕とが並行して動いていた時代の産物である。

往還道から見る城郭風の構え

児玉家住宅の外観でまず目につくのは、往還道沿いの石積みである。表門の西端から西門までおよそ40メートル、傾斜地を造成するために築かれた擁壁が続き、見かけ3段の亀甲積石垣の上に木造塀の土台石が載る。その東南端には土蔵が建ち、隅櫓のような輪郭をつくる。土蔵の外壁は腰に平石を石積風に張り、海鼠壁に仕上げてある。

西南の隅では、西門と西塀、南塀石垣が組み合わさって枡形の門構えになる。門を破ろうとする者を折れ曲がった空間で止める城郭の手法が、豪農の屋敷に持ち込まれている。文化庁の解説はこの一帯の景観を小城郭風と記す。

門を入ると正面に主屋が建ち、その背後の一段高い場所に蚕室が控える。敷地の東辺には長屋が南北に長く延び、土蔵と長屋の間に味噌部屋・乾燥室が挟まる。蚕室の東妻からは馬屋が張り出し、裏庭へは東門が通じる。西北の辺を限るのが北塀で、途中で東に折れて蚕室の裏口に取り付く。表門から入って左回りに歩けば、この順序で12件すべてを外から見ることができる。

蚕を飼うためにつくられた住まい

主屋は平入の蚕室型民家で、桟瓦葺の切妻屋根に越屋根を載せ、総2階建とする。南面の左側を下屋形式、右側を出梁でせり出すベランダ状の形式に分けるつくりが特徴で、ひとつの棟に2種類の正面が同居する例は多くない。2階は蚕を飼う場所であり、越屋根は室内にこもる湿気と熱を抜くために設けられている。

主屋の背後に建つ蚕室は、桁行9間・梁行4間の総2階建で、2階に3間×4間の蚕室を3室とる。東御市の解説によれば、稚蚕を育てた主屋の2階と蚕室とはケーブルで結ばれ、桑や蚕はそのケーブルで行き来した。斜面の高低差を輸送路に変えた工夫である。

味噌部屋と乾燥室は、本家から受け継いだ醸造の家業と、屋敷での暮らしの両方に関わる建物である。近年は蚕室がワインの貯蔵庫として使われ、屋敷の所有者は2016年に自家の畑のメルローを用いたワインを世に出している。建物の用途は変わっても、屋敷全体が働く場所であり続けている点は、明治の造営時から変わっていない。

見学方法とアクセス

児玉家住宅は現在も住まいであり、公開施設ではない。屋敷の一角では所有者の家族がカフェを営んでおり、その営業日である日曜と月曜の午前11時から午後5時までが、門の内側に入れる機会にあたる。営業日には屋敷の見学案内も行われている。それ以外の日に見たい場合は、事前に相談したうえで訪ねることになる。臨時の休みや時間の変更があるため、出かける前の確認をすすめる。

門の外からであれば、往還道沿いの石垣・土蔵・表門・西門の連なりはいつでも眺められる。撮影については、外観は道路から可能だが、屋敷の内部や庭を撮る際は案内の際にその可否を確かめたい。生活の場であることを踏まえた振る舞いが要る場所である。

公共交通ではしなの鉄道の田中駅が最寄りで、屋敷は駅の北およそ2.7キロメートル、徒歩ではおよそ40分かかる。東御市の定時定路線バス「和線」は田中駅から東上田・和小学校方面を通るが、平日の朝夕のみの運行で土日祝は運休する。カフェの営業日のうち日曜はこのバスが動かないため、駅からはタクシーを使うか、車で向かうのが現実的である。車では上信越自動車道の東部湯の丸インターチェンジから10分ほど。屋敷の前に駐車場があるが、台数は多くない。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001812
国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅南塀石垣
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001823
東御市 児玉家住宅
https://www.city.tomi.nagano.jp/category/kenzobutsu/160195.html
文化遺産オンライン 児玉家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/167122
信州シルクロード 児玉家住宅(児玉邸)
https://shinshu-silkroad.jp/児玉家住宅(児玉邸)
東御市 定時・定路線バス 路線図・時刻表・運賃表
https://www.city.tomi.nagano.jp/category/koutsuu/130249.html

最終更新日: 2026.09.17

基本情報

名称児玉家住宅
所在地長野県東御市大字和7785
所有者有限会社ヤマタマ
指定登録有形文化財 12件
座標36.37929, 138.33264