児玉家住宅主屋はどんな建物か

児玉家住宅主屋は、長野県東御市大字和にある明治39年(1906年)頃の木造2階建の民家で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0077である。

建物は千曲川を望む南西斜面の山裾に南を向いて建つ。文化庁の登録原簿は平面を間口15間半、梁行6間と記す。間口に対して奥行きが浅く、屋根は横に長く伸びる。建築面積は406平方メートル、桟瓦葺切妻造で、棟の上には越屋根が載る。

間口については東御市の解説が13間半と記しており、文化庁の数値と一致しない。市の別の案内は約24メートルという表記も用いている。実測の基準が異なる可能性があるため、ここでは両方を併記しておく。

なぜ登録されたのか

児玉家住宅の12件のうち、登録基準に「造形の規範となっているもの」が挙げられているのは主屋と蚕室の2件だけである。残る10件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されており、主屋はこの屋敷の造形そのものが評価された側にあたる。

評価の中心は平面と正面の構成にある。総2階建の平入で、2階を蚕の飼育に充てる蚕室型民家でありながら、南面を左右で異なる形式に分けている。左は下屋をかけ、右は2階を出梁でせり出してベランダ状とする。東御市はこの2形式が1棟に混在する例は多くないと記す。

越屋根は装飾ではない。蚕を飼う2階には熱と湿気がこもるため、棟の上に小さな屋根を重ねて空気を抜く。養蚕を営むために間取りと屋根の形が決められた住まいである。

見どころ

表門を入って正面に立ったら、まず軒の高さを左右で比べたい。下屋の側は軒が低く落ち着き、出梁の側は2階の床が前へ張り出して影をつくる。同じ棟の正面とは思えない差が出る。

座敷に上がる機会があれば、廊下の床板に目を落とすとよい。長い1枚板を並べた廊下が座敷へ通じ、表座敷と奥座敷には欄間の細工が入る。養蚕の建物という説明から想像するより、住まいの部分の仕上げは丁寧である。

2階では稚蚕を育てていた。東御市によれば、主屋の2階と背後の蚕室はケーブルで結ばれ、桑の葉と蚕はそのケーブルで行き来した。斜面の高低差を運搬に使った工夫で、建物の背後に立つと2棟の高さの違いがよく分かる。

児玉家住宅主屋の見学方法

主屋は現在も人が住む建物で、常時公開の施設ではない。屋敷内で営まれているカフェの営業日には見学の案内が行われており、内部を見られる機会はこの日に限られる。日程は変わることがあるため、訪問前の確認をすすめる。

外観であれば、表門を入った正面がもっともよく見える位置である。往還道からは土蔵と塀に遮られて全体は見えないが、越屋根の輪郭は道からでも追える。撮影は外観については差し支えないが、屋内や庭は案内の際に可否を確かめたい。

屋敷への行き方、駐車場、カフェの営業日といった屋敷全体に共通する情報は、児玉家住宅のページにまとめている。

Q&A

Q児玉家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁の登録原簿は明治39年(1906年)頃としています。屋敷全体の工事は明治26年(1893年)に始まり、明治43年(1910年)に完成式が行われました。
Q児玉家住宅主屋の内部は見学できますか?
A住まいとして使われているため常時の公開はありません。屋敷内のカフェの営業日には見学の案内があり、そのときに内部を見られる場合があります。
Q児玉家住宅主屋はなぜ登録有形文化財なのですか?
A登録基準は「造形の規範となっているもの」です。2階を蚕の飼育に使う蚕室型民家でありながら、南面を下屋形式と出梁のベランダ状形式に分ける点が評価されています。
Q児玉家住宅主屋の大きさはどのくらいですか?
A文化庁の記録では間口15間半、梁行6間、建築面積406平方メートルの総2階建です。東御市の解説は間口を13間半としており、数値に差があります。
Q児玉家住宅主屋と蚕室はどうつながっていましたか?
A主屋の2階で稚蚕を育て、背後の蚕室との間をケーブルで結んで桑の葉と蚕を運んでいたと東御市が記しています。

基本データ

名称児玉家住宅主屋
所在地長野県東御市大字和7785
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積406平方メートル
所有者有限会社ヤマタマ
公開状況住まいとして使用。屋敷内のカフェ営業日に見学案内あり

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001812
東御市 児玉家住宅
https://www.city.tomi.nagano.jp/category/kenzobutsu/160195.html

最終更新日: 2026.09.17