児玉家住宅土蔵はどんな建物か

児玉家住宅土蔵は、長野県東御市大字和にある明治34年(1901年)の土蔵造2階建の蔵で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0078である。

敷地の東南端、松代・祢津往還道に面する角に建つ。亀甲積の石垣擁壁の上に載るため、道から見上げる位置になる。桁行6間、梁行3間、建築面積は60平方メートル。

屋根は東西に棟を向けた桟瓦葺切妻造で、蔵本体とは別に組んだ置屋根とする。北面には下屋をかけて蔵前をつくる。

なぜ登録されたのか

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、この土蔵と表門、西門、往還道沿いの石垣が一体となって小城郭風の景観をつくると記す。屋敷の角に高く建つため、道を歩く者にとっては屋敷の顔にあたる。

屋敷全体が明治26年(1893年)から明治43年(1910年)にかけて造営されたなかで、土蔵は早い段階の明治34年(1901年)に建てられている。石垣を築いて敷地を造成し、その角に蔵を据えるという順序が、屋敷の構えを決めた。

見どころ

外壁の腰は平石を石積のように張り、その上を海鼠壁に仕上げる。石と漆喰の目地が下から上へ連続して見えるため、石垣から蔵の壁までが一続きの壁面に見える。道の向かいに立って見上げると、その効果が分かりやすい。

屋根が蔵本体に載っていないことにも注目したい。置屋根は土蔵の厚い壁と屋根の間に空気の層をつくり、熱と湿気が中へ伝わるのを防ぐ。瓦の下に隙間が見える位置があれば、それが置屋根の証拠である。

北面の下屋の下は蔵前と呼ばれる荷さばきの場所である。蔵の出入りを雨から守るための空間で、屋敷の内側から見ないと分からない。

児玉家住宅土蔵の見学方法

土蔵は往還道に面しているため、外観は道からいつでも見られる。屋敷の12件のなかで、もっとも外から見やすい建物である。石垣と一体の姿を撮るなら、道の反対側まで下がると全体が入る。

内部は公開されていない。屋敷内のカフェの営業日には、蔵を会場にした催しが開かれることもある。内部に入れるかどうかはその日の状況によるため、確認したうえで訪ねたい。

屋敷全体の行き方と見学条件は児玉家住宅のページにまとめている。

Q&A

Q児玉家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A明治34年(1901年)です。屋敷の造営は明治26年(1893年)に始まっており、土蔵は早い段階で建てられた建物にあたります。
Q児玉家住宅土蔵は外から見られますか?
A松代・祢津往還道に面しているため、外観は道からいつでも見られます。石垣の上に建つので見上げる形になります。
Q児玉家住宅土蔵の壁はどうなっていますか?
A外壁の腰に平石を石積のように張り、その上を海鼠壁に仕上げています。下の亀甲積の石垣と合わせて一続きの壁面に見えます。
Q児玉家住宅土蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
A登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。表門や西門、石垣とともに往還道沿いに城郭風の景観をつくる点が評価されています。
Q児玉家住宅土蔵の屋根はどんな構造ですか?
A蔵本体とは別に組んだ置屋根で、桟瓦葺の切妻造です。壁と屋根の間に空気の層ができ、熱や湿気が中へ伝わりにくくなります。

基本データ

名称児玉家住宅土蔵
所在地長野県東御市大字和7785
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積60平方メートル
所有者有限会社ヤマタマ
公開状況外観は往還道から見学可能。内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001813
東御市 児玉家住宅
https://www.city.tomi.nagano.jp/category/kenzobutsu/160195.html

最終更新日: 2026.09.17