児玉家住宅西門はどんな建物か
児玉家住宅西門は、長野県東御市大字和にある明治34年(1901年)頃の木造の門で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0085である。
屋敷地の西南端に、西を向いて開く。南北に棟を向けた桟瓦葺の切妻造で、2間の薬医門とする。間口は3.6メートル。右の脇間には表門と同じ形の潜戸が設けられている。
表門が屋敷の正面を受け持つのに対し、西門は往還道の西側から敷地へ入る門である。同じ屋敷に格の違う門が複数あり、それぞれ向きと役割が決まっている。
なぜ登録されたのか
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、往還道沿いの石垣と塀、石塁の上に築かれた西辺の土塀によって、西門が枡形風の門構えをとる点を特徴として挙げる。
枡形は城の入口に用いられる形である。門の前で道が折れ、まっすぐには入れない。豪農の屋敷がこの形を採ったことが、屋敷全体を城郭風と評させる理由のひとつになっている。西門は南塀石垣・西塀とセットで読むべき建物である。
見どころ
薬医門という形式に注目したい。本柱の後ろに控柱を立て、棟を本柱寄りに置く形で、屋根の重心が前に出る。四脚門の表門と並べると、屋根の載り方の違いが見て取れる。
右の脇間の潜戸は、表門と同じ考え方でつくられている。大扉を閉めたまま人が出入りできる戸で、日常の動線はこちらだった。2つの門で扉の扱いが揃っている点に、屋敷の使い方が表れる。
門の前に立ったら、左右を見渡したい。南に南塀石垣、北に石塁上の西塀が続き、道から門までの間に折れた空間ができている。門そのものより、門を囲む構えが主役である。
児玉家住宅西門の見学方法
西門は往還道に面しており、外観は道からいつでも見られる。門の正面は西を向くので、午後の光のほうが扉と屋根の陰影が出る。
門の内側へ入れるのは、屋敷内のカフェの営業日に限られる。通常は住まいの出入口であり、門前での長い滞留は避けたい。外観の撮影は道から差し支えない。
屋敷への行き方と見学条件は児玉家住宅のページにまとめている。
Q&A
- 児玉家住宅西門はいつ建てられましたか?
- 文化庁の登録原簿は明治34年(1901年)頃としています。表門や西塀、南塀石垣と同じ時期の建物です。
- 児玉家住宅西門はどんな形式の門ですか?
- 2間の薬医門で、桟瓦葺、切妻造です。間口は3.6メートル、右の脇間に潜戸を設けています。
- 児玉家住宅西門の枡形とは何ですか?
- 門の前で道が折れ、まっすぐ入れない構えのことです。往還道沿いの石垣と塀、石塁上の西塀が西門とともにこの形をつくっています。
- 児玉家住宅西門は見学できますか?
- 外観は往還道からいつでも見られます。門の内側に入れるのは屋敷内のカフェの営業日です。
- 児玉家住宅西門と表門はどう違いますか?
- 表門は間口7.5メートルの四脚門で屋敷の正面にあたり、西門は間口3.6メートルの薬医門で西側からの入口です。
基本データ
| 名称 | 児玉家住宅西門 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県東御市大字和7785 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成12年(2000年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、間口3.6メートル |
| 所有者 | 有限会社ヤマタマ |
| 公開状況 | 外観は往還道から見学可能。内部は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅西門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001822
- 東御市 児玉家住宅
- https://www.city.tomi.nagano.jp/category/kenzobutsu/160195.html
最終更新日: 2026.09.17