児玉家住宅味噌部屋・乾燥室はどんな建物か
児玉家住宅味噌部屋・乾燥室は、長野県東御市大字和にある明治34年(1901年)頃の木造平屋建の建物で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0082である。
土蔵と長屋の間に南北に棟を向けて建つ。桁行2間・梁行2間の味噌部屋と、桁行4間・梁行2間の乾燥部屋が一続きになり、建築面積は合わせて40平方メートル。屋根は桟瓦葺の切妻造である。
児玉家は明治時代の初期から味噌と醤油の醸造を営んでいた。名称に残る味噌部屋は、その家業と屋敷での暮らしをつなぐ建物である。
なぜ登録されたのか
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。単独では小さな建物だが、土蔵と長屋の間を埋め、屋敷の東南部を連続した壁面に仕上げる位置にある。
文化庁の解説は、東面を長屋と面一の白壁とし、西の屋根面を土蔵北面の下屋庇に矩折れに繋ぐと記す。隣り合う棟と高さと面を揃える処理であり、内外ともに見えがかりへの配慮があると評される。屋敷の付属屋にここまで手を入れた例は多くない。
見どころ
東面の白壁を長屋の壁と同じ面に揃えている点をまず見たい。2棟の境目が壁の上では読み取れず、屋敷の東側は1枚の長い壁のように見える。
西側では屋根の処理が変わる。味噌部屋・乾燥室の西屋根面が、土蔵北面の下屋の庇へ直角に折れて繋がっている。雨の流れを土蔵側へ送りつつ、2棟の間に通路を確保する納まりである。
味噌部屋と乾燥部屋は用途も広さも違う。桁行2間の味噌部屋は仕込みと保管の場所、桁行4間の乾燥部屋は収穫物を干す場所で、同じ棟の中に暮らしと生業の作業が並ぶ。
児玉家住宅味噌部屋・乾燥室の見学方法
この建物は住まいの敷地の内側にあり、内部は公開されていない。屋敷内のカフェの営業日に見学の案内があり、そのときに外観を間近で見られる。
土蔵と長屋の間という位置のため、往還道からは見えない。屋敷に入って東側へ回り込み、土蔵の北面と長屋の南端の間を見る位置に立つと、3棟のつながりが一度に分かる。撮影は案内の際に可否を確かめたい。
屋敷への行き方と見学条件は児玉家住宅のページにまとめている。
Q&A
- 児玉家住宅味噌部屋・乾燥室はいつ建てられましたか?
- 文化庁の登録原簿は明治34年(1901年)頃としています。土蔵や長屋、表門と同じ時期の建物です。
- 児玉家住宅味噌部屋・乾燥室はどんな構成ですか?
- 桁行2間・梁行2間の味噌部屋と、桁行4間・梁行2間の乾燥部屋が一続きになった木造平屋建で、建築面積は40平方メートルです。
- 児玉家住宅味噌部屋・乾燥室は見学できますか?
- 内部は公開されていません。屋敷内のカフェの営業日に見学の案内があり、外観を近くから見ることができます。
- 児玉家住宅味噌部屋・乾燥室はなぜ登録有形文化財なのですか?
- 登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。東面を長屋と同じ面の白壁とし、西の屋根を土蔵の庇へ繋ぐなど、見えがかりに配慮したつくりが評価されています。
- なぜ味噌部屋があるのですか?
- 児玉家は明治時代の初期から味噌と醤油の醸造を営んでおり、その家業に関わる建物が屋敷の中に置かれました。
基本データ
| 名称 | 児玉家住宅味噌部屋・乾燥室 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県東御市大字和7785 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成12年(2000年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積40平方メートル |
| 所有者 | 有限会社ヤマタマ |
| 公開状況 | 住まいの敷地内にあり内部は非公開。案内時のみ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)児玉家住宅味噌部屋・乾燥室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001817
- 東御市 児玉家住宅
- https://www.city.tomi.nagano.jp/category/kenzobutsu/160195.html
最終更新日: 2026.09.17